八海山・ニセコ蒸溜所 イベントのお知らせ

八海山(八海醸造株式会社)が運営するニセコ蒸溜所にて、イベントを開催いたします。
ウイスキーを貯蔵する大きな銅タンクを背景に、展示や実演を行います。
ニセコ蒸溜所HP:https://niseko-distillery.com

《催事期間》
令和6年2月10日(土)〜26日(月)
10時〜17時(最終日は15時まで)

《会場》
ニセコ蒸溜所
〒048-1511 北海道虻田郡ニセコ町ニセコ478-15

《お問い合わせ》
玉川堂 燕本店
0256-62-2015/info@gyokusendo.com
玉川堂銀座店
03-6264-5153/ginza@gyokusendo.com

【会期中の催し】
①職人による実演
燕より職人が在店し、製作実演を行います。
期日:2月10日(土) 〜12日(月・祝)10時〜16時半
※12日は12時まで
②期間限定オリジナルカクテル
併設のBarにて、銅器に合わせた特製カクテルを玉川堂のカップでお楽しみいただけます。
③玉川堂×ニセコ蒸溜所オリジナルロックカップ
玉川堂とニセコ蒸溜所のロゴを刻印した限定のロックカップを販売いたします(限定5個)。

大阪 日本工芸産地博覧会 JAPAN CRAFT EXPO 開催のお知らせ

2021年に初めて行った「日本工芸産地博覧会 JAPAN CRAFT EXPO」の第二回目の開催が決定いたしました。
全国の工芸産地から50を超える企業が一堂に会すとても豪華なイベントです。
玉川堂も参加し、製作実演・製作体験ワークショップなどを予定しております。
詳細は随時イベントHPに更新される予定ですので、近隣の方はぜひお越しくださいませ。

《イベント名》 日本工芸産地博覧会 JAPAN CRAFT EXPO
《日時》        11月3日(金・祝)〜5日(土)10時〜17時
《場所》       大阪万博記念公園内お祭り広場
《入場料》  500円(中学生以下無料)
※別途公演入園料(大人260円、小中学生80円)が必要
《主催》      一般社団法人日本工芸産地協会
《公式HP》 https://kougei-sunchi.or.jp/expo/
※ワークショップ予約一覧ページ
https://peatix.com/group/11607571/events

燕三条 工場の祭典 開催のお知らせ

10月26日(木)~29日(金)の4日間、オープンファクトリーイベント「燕三条 工 場の祭典」が燕三条エリア全体で開催されます。11回目を迎える今回は、普段は 開放していない町工場も含めて80を超える企業が工場見学や様々なワークショッ プ、イベントを企画し、皆様をお迎えします。
玉川堂では工場見学と特別展示のほか、キッチンカーやポップアップカフェによ る飲食のご用意もいたします。皆さまのご来店を心よりお待ちしております。

《イベント名》    燕三条 工場の祭典 2023
《会期》      10月26日(木)~29日(日) 9:00〜17:00 ※12:00〜13:00を除く
《会場》      新潟県燕市・三条市全域、及び周辺地域
《公式HP》     https://kouba-fes.jp/

《玉川堂の参加について》
●工場見学:
工場見学について、詳細は近日中にHPとSNS公式アカウントにて告知致します。
●キッチンカー・ポップアップカフェ:
26日(木)、27日(金)
MELT:美味しいライ麦パンにチーズとこだわり具を乗せたオープンサンドが大人 気のキッチンカー「MELT」が玉川堂に初出店。
https://www.instagram.com/melt.this.way/

28日(土)、29日(日)
BOOKMARKS CAFÉ:県内で地域の食材や調理法を生かした飲食店を展開するSUZU GROUPによる、工場の祭典限定メニューの提供です。
https://www.instagram.com/bookmarks_cafe/

●本店二階 特別展:
本店二階では、かつて燕の三大産業と言われた「鑢(ヤスリ)」「煙管(キセ ル)」「銅器」に関する展示を行います。詳細はHPとSNS公式アカウントにて告 知いたします。

《お問い合わせ》
玉川堂 燕本店(担当:マシュー)
0256-62-2015/info@gyokusendo.com

 

[第185号] 明治輸出工芸 〜技術と感性の高みを目指す職人魂

 「工芸」と「美術」は、明治時代に発案された用語です。明治3年、政府の官庁の一つ、工部省の創設文章の中で、初めて「工芸」という用語が使用されました。当時、工芸とは最新の機械力を生かした工業製品のことを指していたため、現在の工芸とは意味合いが異なり、「工芸」と「工業」が区別されるようになったのは、明治20年代からです。そして、明治6年、日本が初めて公式参加した万国博覧会である「ウィーン万国博覧会」への出展の際、品別の分類名として初めて「美術」という用語が使用され、以降定着していきました。万国博覧会への出品が回を重ねると、観賞用の絢爛豪華な作品が次々と製作され、明治28年には「美術工芸」という用語も生まれました。

 江戸時代、将軍家や諸大名がパトロンとなり、各藩の職人へ刀装具や調度品などを製作させましたが、それらの道具の技巧レベルが身分を表す標識となっていました。そこでパトロンは、職人たちにより高い技巧を求めて競わせ、よって彼らの技術力は飛躍的に向上し、職人は花形職業の典型とされました。戦争が無かったため、技術の追求が軍事用品ではなく、男の道具の美的感性へと向いていたのです。しかし、武家社会が崩壊して明治政府が誕生すると、職人たちはこれまでの後ろ盾を失い、無職同然となります。そこで明治政府は、殖産興業政策の一環として外貨を獲得すべく、職を失った職人たちへ美術工芸品を製作させ、万国博覧会でそれらを売り込む政策を打ち出します。西洋との貿易が始まったことから、西洋の文化に合わせた大花瓶や香炉などの製品開発を指示したのです。すると職人たちは、水を得た魚のようにこれまで培った技術と感性を遺憾無く発揮。万国博覧会では、未知なる極東の国・日本の作品群に驚愕し、日本ブーム「ジャポニスム」が興ります。

 欧州で思わぬ高評価を受けた日本では、貴族たちが新たなパトロンとなり、国の権威を賭け、全国の職人へコスト度外視の史上最高傑作品の製作を依頼しました。これにより一時、日本の美術工芸の評価はさらに勢いを増しましたが、このジャポニスムは長くは続きませんでした。明治33年(1900年)のパリ万国博覧会でアールヌーヴォーが大流行する中、日本は旧態依然とした絢爛豪華な美術工芸品を出品していたことから、想定外の厳しい評価が下されました。それらが、日本古来より培った意匠ではなく、西洋の文化に合わせた意匠であることに、西洋人が気付き始めたのです。東洋への憧れ、未知なる国・日本への好奇心を掻き立てたものが、実際は博覧会向けの近代の産物であった。日本が西洋好みを理解しようと国の権威を賭けて製作していた一方、西洋では日本への理解が深まるほどに日本へのロマンが薄れてしまうという、すれ違いが生じていたのです。

 日本の美術界において明治時代の工芸は空白期間であり、美術の教科書にも掲載されていませんでした。後に「明治輸出工芸」と称された明治時代の美術工芸品は、大正〜昭和にかけての日本国内においては、過剰な装飾であることから悪趣味とされ、その評価は低いものでした。また、博覧会出品作のほとんどは欧米人が購入していたため、国内にほとんど残っていないこともあって、日本の美術館や博物館での工芸企画は、江戸時代までの作品か、もしくは戦後の現代工芸を取り扱ってきました。しかし、平成以降の万国博覧会の研究の深まり、また、日本人による明治輸出工芸の買い戻しと日本での公開によって、あらためてそれらを見直す機運が生まれたのです。それを後押ししたのが、平成13年(2001年)、明治輸出工芸の代表作・鈴木長吉「銅鷲置物(鋳造)」の重要文化財指定です。明治時代の日本画は、昭和35年以降に次々と重要文化財指定を受けましたが、それから約40年後、明治輸出工芸の指定によってようやく脚光が当たり、国民の関心を集めるようになりました。

 明治時代は、工芸の職人たちにとって波乱の時代でした。武家社会の崩壊、開国、国際化といった激流に翻弄されながらも、常に「最高品質」というパトロンの要望に応えるべく、職人たちは日夜修行に励む、孤高の戦いを続けてきました。未知なる国・日本の美術工芸品は世界を驚愕させましたが、そこには、戦争の無い平和な江戸時代に、究極の趣味人でもある大名との付き合いの中で職人としての感性が磨かれ、さらに明治に入り、西洋の文化に触れたことで様々な意匠や文様を学び、異国の感性をも身に付けた職人の姿があります。私は、この職人の生き方がジャポニスムへ繋がったと考えています。技術と感性が高いレベルで融合された時、人々を惹きつける作品が生まれるのでしょう。古来より、美術の評価軸は時代の変遷と共に変化してきましたが、明治輸出工芸は冷遇された時代を経て、近年は全国の美術館や博物館における人気企画となり、「超絶技巧」とも称されています。時代が大きく変化しても、常に技術と感性の高みを目指す職人魂。令和を生き抜く日本のものづくりのヒントが、明治輸出工芸にあるように思えます。

[第184号] 最も美しい村

フランスにおける地方自治体は、中世中期の教会区を起源とする約38,000の基礎自治体「コミューン(市町村)」です。国土は日本の約1.5倍ですが、コミューンは日本の約10倍存在し、その内の約90%が人口2,000人以下という極めて小規模な行政単位となっています。コミューンの中心部には、城塞や教会などの歴史的建造物がそびえ立ち、その周囲に古民家が点在する集合景観を成しており、中世の美しい街並みが時を重ね、人々の生活風習と共に息づいています。そして、国土の半数が農地というEU最大の農業国であるフランスの中でも、葡萄畑が一面に広がる大地は、ワイン醸造が開始された約2000年前へタイムスリップしたかのような原風景があり、その土地のワイン生産者を訪ね、その生産者のオーベルジュに宿泊するワインツーリズムも盛んです。

このように観光名所や有名ワイナリーが存在するなど観光資源が豊かな村は、財政基盤が盤石な傾向にある一方で、産業や観光資源の乏しい村は行政基盤が脆弱であり、特に1980年代以降は、そうした村の統廃合が進みました。そこで、今ある地域資源を活用して自立した村づくりを目指し、世界中から観光客を集客すべく設立されたのが「フランスの最も美しい村」協会です。1982年、フランス南西部のコロンジュ・ラ・ルージュ村の村長の発案で、官民が一致団結して地域資源の美化運動と観光化への取り組みを開始しました。現地に住んでいないと分かり得ない景勝地、そして、食堂やオーベルジュなど、地域で暮らすように旅をするスタイルは次第に評判を呼び、観光立国フランスに一石を投じるプロジェクトへと成長していきます。

その後、協会へ加盟希望する村が続出したため、地域ブランドの信頼性と正当性を維持するために、3つの選考基準が設定されました。①人口2000人以下で、②保護・登録された2つ以上の建造物か遺跡があり、③村議会で承認が得られていることです。現在は約160の村が加盟しており、小さな村の原風景や地域に根付いた生活の営みそのものが外国人観光客にとって新鮮味に溢れ、「最も美しい村ツアー」は、世界中の旅行会社の人気ツアーとなっています。成功した背景には、教会を中心とする村民の共同体としての意識の高さが挙げられます。地域への愛情がそのままホスピタリティーとして現れ、観光客の満足度に繋がっているのです。

フランスの「最も美しい村」は、模範的成功事例として、イタリア・ベルギー・スペイン・日本にも広がり、5カ国で世界連合会を結成。世界会議などを通じて情報交換を図り、国別の地理的・文化的な特徴の相違を越え、共通の目的と手法で運営されています。日本は2005年、北海道美瑛町を中心に7つの町村から発足し、現在は全国63の町村が加盟しており、私も加盟している村を幾つも訪問してきました。特に訪日外国人は、日本の文化や風土に根差した各地域の人々の暮らしに触れ、五感を刺激する非日常の体験を求めており、アフターコロナを契機に、加盟する行政は今後も増加していくものと思われます。

「観光は人間の本質的な喜び」と定義した観光学者・鈴木忠義氏(故人)が残した文章を紹介します。「小さな子供がバスや電車に乗ると、すぐに窓を見たがります。その好奇心や探究心は観光の原点に通じるものがあります。人間が本来持つ好奇心や探究心に応え、人間の喜びや生きがいに資することが〈観光〉の本質です。人間の生活には経済基盤が無いと困りますが、経済はあくまで手段であって、真に求めているものは〈喜び〉や〈生きがい〉なのです」。「最も美しい村」には、心の底から喜びや生きがいを感じる、まさに観光の本質そのものを体現しています。地域の原風景や地域に根付いた人々の営みなど、地域に流れる「時」を体認することは、現代社会を生きる上において、必要不可欠なことなのかもしれません。

[第183号] 急須を愛でる「養壺(やんふう)」

茶樹の原産地は中国・雲南省周辺とされ、お茶を飲むルーツもこの周辺とされています。雲南省・普洱(プーアル)市は、普洱茶の産地として樹齢千年以上の茶樹が多数現存しており、先月9月17日、10世紀よりこれらの茶樹を管理してきた古樹林の文化景観が、茶の分野としては初めて世界遺産に登録されました。このような古樹から栽培された茶葉には栄養分が凝縮され、極めて芳醇な香りがあり、さらに数十年以上熟成させた茶葉には高い価値が付けられます。また、福建省や台湾などを中心とした烏龍茶も同様に、数十年以上熟成させた茶葉には高い価値が付けられ、ビンテージワインさながらそれらを長期保存し、お祝い事に誕生年のビンテージ茶葉を楽しむ風習も盛んです。

お茶は全て椿科の樹木「カメリア・シネンシス」の茶葉であり、発酵の度合いによって6種類に分類されます。①不発酵「緑茶」、②微発酵「白茶」、③弱発酵「黄茶」、④半発酵「青茶(烏龍茶)」、⑤完全発酵「紅茶」、⑥加熱処理した後、微生物の働きを利用する後発酵の「黒茶(普洱茶)」。日本と中国では製法が異なり、日本茶は「旨味」を重視するため蒸す製法に対し、中国茶は「香り」を重視するため炒める製法を採用しています。また、茶器の名称も異なり、急須は「茶壺(ちゃふう)」、湯呑は「茶杯(ちゃはい)」などと呼ばれ、飲む前のテイスティング用「聞香杯(もんこうはい)」は、お茶の香りを重視する中国茶ならではの器と言えるでしょう。

中国茶用の急須は、香りを散逸させないよう、一度に飲み切る量だけ抽出する小振りのサイズが主流で、異なる茶葉の香りが混じらないよう茶葉によって急須を使い分けることも、基本的な作法となります。この中国茶用の急須の多くは、江蘇省・宜興(ぎこう)市で生産されています。約1万軒の工房が技を競い合う世界最大の急須産地であり、中でも宜興で産出する「紫砂泥(しさでい)」の急須は、中国茶愛好家の必需品です。日本では江戸時代、愛知県常滑市「常滑焼」が宜興の急須を参考に独自の作風を構築し、日本一の急須産地として発展。現在、宜興市と常滑市は友好交流都市提携を締結し、急須技術の交流を推進しています。

宜興の急須は「気孔」と呼ばれるミクロ単位の小さな穴が無数に空いています。急須内側の気孔は、茶渋などの茶成分が染み込むことで、お茶の香りを引き立たせる重要な役割を果たし、長年使用している宜興の急須は、お湯を入れるだけで豊かな香りが漂います。そして、急須外側の気孔には、素焼きの色合いを深めるため、「養壺筆(ようこふで)」という筆に飲み終わったお茶を染み込ませ、外側全体に満遍なく塗ります。養壺筆も中国茶には欠かせない道具であり、お茶を楽しんだ後はじっくりと筆で塗ることで、急須の経年変化を楽しみます。

このように急須(茶壷)を日々愛用し、繰り返しお手入れすることを「養壺(やんふう)」と言い、親戚や友人同士で「養壺」の急須を見せ合う風習もあります。文字通り、茶「壷」を「養」うことであり、養壺の目的は、急須を愛でることにより、自分自身の内面を磨く(=養う)ことにあります。また、「養壺」の「壺」(ふう)の発音が「福」と同じであるため、「福を育てる」という意味にも通じ、急須を「養う」ことによる心の豊かさが、お茶をより一層美味しくさせ、幸福な人生を送ることにも繋がると語り継がれています。この「養壺」の精神は、玉川堂ブランドメッセージ「打つ。時を打つ。」にも通じ、急須を愛で、お茶の文化を重んじる心は、国境を超えて大切していきたいと思っております。

[第182号] 観光から感幸(かんこう)へと進化する芸術祭

今年の秋は、地域活性化を目指した大規模な芸術祭が目白押しです。「中之条ビエンナーレ(群馬県)」「奥能登国際芸術祭(石川県)」「東京ビエンナーレ(東京都)」「さいたま国際芸術祭(埼玉県)」などが挙げられ、いずれも国際水準の芸術祭です。2000年より3年に1回開催されている新潟県「越後妻有アートトリエンナーレ(大地の芸術祭)」、2001年より3年に1回開催されている「横浜トリエンナーレ」の成功が起爆剤となり、全国の自治体が芸術祭による地域活性化に着目し、現在、開催規模は大小様々ですが、120地域以上で芸術祭が開催されています。見知らぬ地を訪れ、地図を片手に作品を巡るのは、いわゆる美術館でのアート鑑賞とは違う特別な体験であり、観光にアート思考を掛け合わせた「アートツーリズム」としても注目されています。

「ビエンナーレ」はイタリア語で2年に1回、「トリエンナーレ」は3年に1回を意味し、芸術祭は開催規模からして、2年もしくは3年に1回の開催が一般的です。その芸術祭のルーツは、1895年より約120年もの間、2年に1回開催されているイタリア「ヴェネツィア・ビエンナーレ」です。今や芸術愛好家のみならず、アートツーリズムの旗振り役としても絶大な影響力を誇り、世界の旅行業界や芸術祭関係者の視察も絶えない、世界を代表する芸術祭となっています。ヴェネツィア・ビエンナーレを参考事例とし、ビエンナーレの呼称は日本の各自治体の芸術祭でも採用され、次第にビエンナーレ&トリエンナーレは、芸術祭の名称を指すようになりました。

芸術祭は、農山村や離島で開催される「里山型」と、政令指定都市を中心とした「都市型」に大別され、前者は「越後妻有アートトリエンナーレ」など、後者は「横浜トリエンナーレ」などが該当します。中でも越後妻有アートトリエンナーレは、世界各国を見渡しても「里山型」の成功事例とされ、私は第1回の2000年開催より、会期中、そして会期以外の常設展示も、毎年幾度となく見学しており、芸術祭の意義を考える契機となりました。世界で最も広範囲の芸術祭とされ、世界有数の豪雪地帯である妻有周辺の美しい自然と現代アートが見事に融合しています。また、その土地固有の文化や生活習慣に触れながら、それらを体験出来るなど、地域住民との触れ合いも大きな魅力です。

1992年、ベネッセハウス開業以来30年以上に渡り、多角的なアートプロジェクトを展開している「ベネッセアートサイト直島」。2010年から3年に1回のトリエンナーレ「瀬戸内国際芸術祭」も開催され、今や世界の現代アート愛好家から注目される現代アートの聖地となっています。同社は直島において美術館や宿泊施設などを運営していますが、大々的な広告は打たず、同社も地域の方々も観光地化は望んでいません。ベネッセ(Benesse)はラテン語の造語で「よく生きる」という意味ですが、「年を取るほど幸せになれるような社会、空間を創る」という理念を具現化する場が直島であり、その理念を形にするために、直島の自然環境に適した独創的、かつ超一流のアートを共に創り上げ、育んできました。それが万人受けはしなくとも、アートへの感度の高い方々の心をしっかりと捉え、どの地域にも代え難い魅力的な訪問先となり、結果的に地域の方々と訪問者の信頼関係も生まれています。

アートには、地域の魅力を掘り起こす非常に大きな力があります。「芸術祭」とは、アートを通じて訪問者と地域で働く人・住む人のコミュニケーションが生まれ、新しいネットワークが広がっていく「場」であり、「観光」の語源である「光」、すなわちその地域の名所などを「観」に行くことが目的ではありません。その地域の文化を学び、敬意を払い、暮らす人も訪れる人も幸せを感じる「感幸(かんこう)」にしていくことが、芸術祭に継続性を持たせるキーワードとなり、これが本来のアートツーリズムの姿です。「アートが当たり前のように世の中に存在する社会は、とても幸せな社会である」。芸術祭は「人生の豊かさ」とは何かを考える、格好の舞台でもあります。

お盆期間の営業について

お盆の期間中、玉川堂燕本店は以下のスケジュールで営業いたします。
ご旅行・帰省のプランを立てる際の参考にどうぞ。

〜8月10日(木)通常営業
11日(金・祝)休業
12日(土)店舗のみ営業
13日(日)休業
14日(月)店舗のみ営業
15日(火)店舗のみ営業
16日(水)休業
17日(木)〜 通常営業

なお、銀座店は8月中はお休みなく営業いたします。

《お問合せ》
0256-62-2015
info@gyokusendo.com

大阪・池田 展示販売会のお知らせ

大阪・池田のギャラリー GULI GULI(グリグリ)にて、玉川堂の銅器の展示販売会を開催いたします。
会期中の17と18日には、お茶と工芸の分野で活躍するまるや・細萱さんをお迎えして中国茶教室を催します。
関西方面のお客様は、製品を一挙にご覧いただけるこの機会にぜひお立ち寄りくださいませ。

《展示会概要》
会期:6月10日(土)〜18日(日)
※玉川堂スタッフの在廊は16〜18日
会場:GULI GULI(グリグリ)2階
〒563-0024
大阪府池田市鉢塚2-10-11
(tel : 072-734-7603)
石橋阪大前駅より徒歩15分、駐車場8台

《お茶会「玉川堂の銅器で楽しむ中国茶」》
職人たちの丁寧な仕事で作られた銅器の手触りを楽しみながら、ゆったりと中国茶を楽しむ時間を過ごしましょう。※中国茶3種とお茶菓子つき

講師:まるや/細萱久美さん
日時:6月17日(土)、18日(日)
午前の部11時〜、午後の部14時〜
※各回1時間半程度
定員:各回5名
参加費:おひとり3,850円(税込)
お申し込み:玉川堂 銀座店にて、お電話(03-6264-5153)かメール(ginza@gyokusendo.com)、またはDMにて承ります。