[第182号] 観光から感幸(かんこう)へと進化する芸術祭

今年の秋は、地域活性化を目指した大規模な芸術祭が目白押しです。「中之条ビエンナーレ(群馬県)」「奥能登国際芸術祭(石川県)」「東京ビエンナーレ(東京都)」「さいたま国際芸術祭(埼玉県)」などが挙げられ、いずれも国際水準の芸術祭です。2000年より3年に1回開催されている新潟県「越後妻有アートトリエンナーレ(大地の芸術祭)」、2001年より3年に1回開催されている「横浜トリエンナーレ」の成功が起爆剤となり、全国の自治体が芸術祭による地域活性化に着目し、現在、開催規模は大小様々ですが、120地域以上で芸術祭が開催されています。見知らぬ地を訪れ、地図を片手に作品を巡るのは、いわゆる美術館でのアート鑑賞とは違う特別な体験であり、観光にアート思考を掛け合わせた「アートツーリズム」としても注目されています。

「ビエンナーレ」はイタリア語で2年に1回、「トリエンナーレ」は3年に1回を意味し、芸術祭は開催規模からして、2年もしくは3年に1回の開催が一般的です。その芸術祭のルーツは、1895年より約120年もの間、2年に1回開催されているイタリア「ヴェネツィア・ビエンナーレ」です。今や芸術愛好家のみならず、アートツーリズムの旗振り役としても絶大な影響力を誇り、世界の旅行業界や芸術祭関係者の視察も絶えない、世界を代表する芸術祭となっています。ヴェネツィア・ビエンナーレを参考事例とし、ビエンナーレの呼称は日本の各自治体の芸術祭でも採用され、次第にビエンナーレ&トリエンナーレは、芸術祭の名称を指すようになりました。

芸術祭は、農山村や離島で開催される「里山型」と、政令指定都市を中心とした「都市型」に大別され、前者は「越後妻有アートトリエンナーレ」など、後者は「横浜トリエンナーレ」などが該当します。中でも越後妻有アートトリエンナーレは、世界各国を見渡しても「里山型」の成功事例とされ、私は第1回の2000年開催より、会期中、そして会期以外の常設展示も、毎年幾度となく見学しており、芸術祭の意義を考える契機となりました。世界で最も広範囲の芸術祭とされ、世界有数の豪雪地帯である妻有周辺の美しい自然と現代アートが見事に融合しています。また、その土地固有の文化や生活習慣に触れながら、それらを体験出来るなど、地域住民との触れ合いも大きな魅力です。

1992年、ベネッセハウス開業以来30年以上に渡り、多角的なアートプロジェクトを展開している「ベネッセアートサイト直島」。2010年から3年に1回のトリエンナーレ「瀬戸内国際芸術祭」も開催され、今や世界の現代アート愛好家から注目される現代アートの聖地となっています。同社は直島において美術館や宿泊施設などを運営していますが、大々的な広告は打たず、同社も地域の方々も観光地化は望んでいません。ベネッセ(Benesse)はラテン語の造語で「よく生きる」という意味ですが、「年を取るほど幸せになれるような社会、空間を創る」という理念を具現化する場が直島であり、その理念を形にするために、直島の自然環境に適した独創的、かつ超一流のアートを共に創り上げ、育んできました。それが万人受けはしなくとも、アートへの感度の高い方々の心をしっかりと捉え、どの地域にも代え難い魅力的な訪問先となり、結果的に地域の方々と訪問者の信頼関係も生まれています。

アートには、地域の魅力を掘り起こす非常に大きな力があります。「芸術祭」とは、アートを通じて訪問者と地域で働く人・住む人のコミュニケーションが生まれ、新しいネットワークが広がっていく「場」であり、「観光」の語源である「光」、すなわちその地域の名所などを「観」に行くことが目的ではありません。その地域の文化を学び、敬意を払い、暮らす人も訪れる人も幸せを感じる「感幸(かんこう)」にしていくことが、芸術祭に継続性を持たせるキーワードとなり、これが本来のアートツーリズムの姿です。「アートが当たり前のように世の中に存在する社会は、とても幸せな社会である」。芸術祭は「人生の豊かさ」とは何かを考える、格好の舞台でもあります。