2月25日「銅のしおり作り」ワークショップ開催のお知らせ

昨年12月に完成したセミナーハウスを利用して開催するワークショップ。
第二弾は、「銅のしおり作り」です。

彫金師の指導のもと、釘を使った「打ち込み」で好きな図柄を入れたしおりを製作します。
自分の手から生まれる愛着のあるしおりで、読書が捗ること間違いなし。
(図案はこちらでもご用意いたします)

お申し込みはこちらから受付けております。
https://forms.gle/KMGSYCrTtRGSAMqY9

《イベント概要》
日時:2月25日(土)
午前の部  9:30 集合・受付、12:00頃 終了予定
午後の部 13:30集合・受付、16:00頃 終了予定
場所:玉川堂 セミナーハウス
〒959-1244 新潟県燕市中央通2丁目2−21
(玉川堂本店・工場となり)
参加費:おひとり¥6,000(税込)
定員:各回6名様

お問い合わせ:
玉川堂 燕本店(担当:白鳥)
0256-62-2015 (8:30〜17:30、日・祝休)
info@gyokusendo.com

[第174号] 生き方を問う

 テクノロジーの進化によって世界経済は目まぐるしいスピードで変化し、将来の予測が困難な状況にあることから、「VUCA(ブーカ)」の時代=Volatility (変動性)・Uncertainty (不確実性)・Complexity (複雑性)・Ambiguity (曖昧性)と言われていますが、そこに新型コロナウイルス感染症が追い討ちを掛け、VUCAの度合いがさらに高まりました。そんな中、VUCAにおいて、生き残るためのヒントが、幾多の経済危機や災害を乗り越えてきた、老舗企業の「本質」にあると注目されています。いかなる環境変化にあっても不変である原理原則、つまり、物事の本質を捉えることがコロナ禍においてより重要視され、「老舗の本質」をテーマとするマスコミ記事や講演会などが、クローズアップされるようになりました。

 創業200年以上の企業の国別データ(帝国データバンク)を調べると、1位日本・約1300社、2位アメリカ・約230社、3位ドイツ約200社、4位イギリス約80社、5位ロシア約40社と続き、日本は世界一の老舗企業大国です。地域の文化や歴史を大切に育みながら、その地域で何か一つだけ他社の追随を許さない得意分野を作り、長い年月をかけ、徹底して磨き続けてきたという共通項があります。また、三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」を着実に実践しており、お客様との長期的な良好関係を築き、目先の利益を優先させない独自のビジネスモデルを構築してきました。そして、地域に長年支えられてきた感謝の念から、自社は「公器」であるとの意識が強く、自社と共に地域の発展を望む社風が養われています。

 ラグジュアリーブランド論の第一人者であり、国内外の老舗を研究している早稲田大学・長沢伸也教授は、「老舗マーケティング」を以下のように定義しています。①「商品」=伝統により育まれた製造技術と厳選された素材。②「価格」=競合製品の比較ではなく、商品の絶対的価値を適正に表現。③「地場」=工場は移転しない。④「コミュニケーション」=広告は打たず、顧客との親和性を図り、知る人ぞ知るクローズドなコミュニティを形成する。また、老舗企業とは「希少性維持マネジメント」であり、老舗企業の戦略として「堅実的な求心力」「地域的な継承力」が求められると提言しています。

 玉川堂のコーポレートメッセージは「打つ。時を打つ。」。じっくり時間を掛けて職人を育成する(時)、お客様にはじっくりと時間を掛けて商品を育てていただく(時)。職人の手技によって生まれた鎚起銅器は、新品の状態では未完成の器です。お客様からご愛用いただくことによって、使うほどに色合いに深みと光沢を増し、完成度を高めていきます。このように、成熟・熟成することによって生まれる価値観を大切にしていくという想いを込め、玉川堂ブランドテーマを「時」、玉川堂ブランドコンセプトを「時と共に成長する。未来に価値を置く。」とし、これらを総称して玉川堂ブランド体系(理念体系)としています。

 VUCAの状況下、さらにコロナ禍において、流行や目先の利益を優先する社会風潮が急激に強まったことから、玉川堂ブランド体系(理念体系)の中に「玉川堂ブランドフィロソフィー」を追加しました。「流行に応えることは、私たちでなくても出来る。生き方を問うことは、私たちだから出来る。」。地域の先人たちが築き上げてきた文化や玉川堂の歴史をあらためて学び直し、そして見つめ直すことで、「生き方」とは何かを探求し、玉川堂の本質をあらためて問いました。コロナ禍の3年間、時代の変化に即応し過ぎるあまり、社会全体において即効性の高い事業や手法が次々と行われました。「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」の通り、即効性も行き過ぎると、いずれ何らかの影響を及ぼします。2023年はアフターコロナの年。本質とは何かをあらためて熟考し、「生き方を問う」年にしたいと、心新たにしています。

[第173号] 上杉鷹山の功績を地域の活力に

 山形県米沢市と言えば、米沢藩が存在した上杉家の城下町。上杉神社をはじめ上杉家ゆかりの史跡が点在しており、「米沢上杉まつり」「上杉雪灯篭まつり」など、上杉を冠したイベントも多数開催されています。中でも9代目藩主・上杉鷹山(ようざん)は、壊滅状態の米沢藩を立て直した功労者として神格化され、今も米沢市民は「鷹山公」と尊称する伝説の人物。市内には鷹山ゆかりの神社、石碑、銅像などが点在しているほか、当時、鷹山が推奨した産業は、米沢の地場産業として今に受け継がれており、米沢における影響力は計り知れません。その功績を後世に伝えるべく、主に鷹山の生涯をテーマとした「米沢市上杉博物館」は、歴史愛好家ならずとも一見の価値があります。

 米沢藩は、春日山(新潟県上越市)を本拠に越後を統一した、上杉謙信を家祖とする上杉家が代々藩主として就任。米沢藩8代目の時、全国多くの藩が財政悪化に苦しむ中、米沢藩は特に深刻な状態であり、破綻寸前に陥っていました。そのような状況下においても、藩主は家臣を減らさず過剰人員を抱え、なおかつ上杉家という名門のプライドゆえ質素な生活に変えることが出来ず、借金は日々膨れ上がる一方。もはや藩の存続は、時間の問題とされていました。その窮地を救ったのが9代目藩主・上杉鷹山です。1751年、高鍋藩(宮崎県)の6代藩主の次男として生まれ、9歳の時に米沢藩8代藩主の養子となり、16歳という異例の若さで9代藩主に就任。藩としての立て直しは困難と判断した8代目藩主は隠居し、藩運営の全ての権限を、若き上杉鷹山へ託したのです。

 事業承継は、しがらみのない若い年齢ほど大胆な政策を実行できるものであり、保守派の重臣らの激しい反発に遭いながらも、次々と藩政改革を実行していきます。健全な社会の実現には、経済と倫理のバランスが重要であると、真っ先に手を付けた改革は、大胆な倹約令と藩校の設立でした。藩の収支を開示することで財政難の現状を伝え、自らの生活費も大幅に切り詰め、庶民にも倹約を指示する一方、教育には積極的に投資し、藩校「興譲館」を設置して人材育成に努めました。また、自給自足体制を強化すべく、米沢藩の特産品開発にも尽力します。最重要課題は農業の振興でしたが、それに留まらず、衰退していた「米沢織」の復興に着手して地場産業へと発展させ、さらに、福島県から鯉を取り寄せて米沢城のお堀で鯉を飼育し、「米沢鯉」は郷土料理へと発展していきます。
 
上杉鷹山が行った事業は、上記以外にも多数の事業が米沢の地場産業として発展しており、現在の米沢市の根幹を成しています。その上杉鷹山のDNAは、米沢市民に着実に受け継がれ、米沢市のブランド戦略事業「米沢ブランディングプロジェクト」が4年前に立ち上がりました。ブランドコンセプトは「鷹山公のDNA『挑戦と創造』の力で、次の米沢をつくる」。キャッチフレーズは「米沢の未来は、米沢を愛するものにしかつくれない」。地場の優れた商品やサービスなどにシールを貼るブランド認証制度ではなく、「米沢品質」を有する商品やサービスを「米沢品質AWARD」とする顕彰(けんしょう)制度を実施しています。著名デザイナーをはじめとする外部審査員で構成され、ブランド戦略事業「米沢品質向上運動」に参画している企業や団体がエントリー対象となります。米沢市の様々なブランディング事業の支援を受け、「米沢らしさ」を見つめ直し、それを継続的に発信し続け、運動体になることが米沢ブランド戦略であり、その先進的企業や団体に「米沢品質AWARD」が贈られます。

 「為(な)せば成る」。どんなことでも強い意志を持って努力すれば、必ず成し遂げることが出来る。上杉鷹山の座右の銘です。先月11月中旬、米沢市役所を訪問し、市内企業の方々と交流を持つ機会がありました。行政、企業、市民らが、鷹山公のDNA「挑戦と創造」を受け継ぎ、米沢を変革させようとするシビックプライドは素晴らしく、とても感銘を受けました。全国各地において藩主を崇拝し、それを地場産業への活力とする動きはありますが、藩主を崇拝する意識の高さは、米沢が全国一と言っても過言ではありません。「米沢ブランディングプロジェクト」は開始されたばかりですが、上杉鷹山を人生の師として仰ぎ、そして地場産業を育成させた功労者として崇め、その一体感の強さは、これからの地場産業のブランディングのあり方に、一石を投じる事例になると確信しました。

1月21日(土)玉川堂の工場見学と小皿製作体験

かつて玉川堂の社員寮として使っていた建物が老朽化のため取り壊され、
その跡地に玉川堂セミナーハウスを建設、2022年11月に竣工しました。

今後は、そちらを利用してワークショップを実施する予定です。
その第一弾として「銅の小皿作り」を行います。
様々な金槌を使って模様を入れたり、化学反応を用いて着色をしたり。
小皿製作の前には、スペシャルな工場見学ツアーを行います。
職人と近い距離でコミュニケーションを取りながら、オリジナルの小皿を製作しましょう。

お申し込みは、1月4日より下記のリンクから受け付けております。
お申し込みフォーム:https://forms.gle/QaMmfZvyMRF5igSw6

《イベント概要》
日時:
1月21日(土)  
午前の会 9:30 集合・受付、12:00頃 終了予定
午後の会 13:30集合・受付、16:00頃 終了予定  満席御礼

場所:
玉川堂 セミナーハウス
〒959-1244 新潟県燕市中央通2丁目2−21
(玉川堂本店・工場となり)

参加費:おひとり¥8,000(税込)
定員:各回6名様

《お問い合わせ》
玉川堂 燕本店(担当:マシュー・ヘッドランド)
0256-62-2015 (8:30〜17:30、日・祝休)
info@gyokusendo.com

年末年始の営業について

年末年始の燕本店・銀座店の営業は、以下の通りとなります。
ご来店の際はご注意いただきますようお願い申し上げます。

《 燕本店・工場 》
12月30日(金)〜1月 3日 (火) 年末年始休業
1月 4日(水)〜 通常営業
お問合せ:0256-62-2015/info@gyokusendo.com

《 銀座店 》
12月31日(土)  10:30〜18:00
1月 1日(日)   休 館
1月 2日(月)   10:30〜20:00
1月 3日(火)〜通常営業
お問合せ:03−6264−5153/ginza@gyokusendo.com

干支彫金酒器のご案内 ※追加予約受付中

毎年の楽しみにされている方も多い、干支柄の酒器のご案内です。
2023年の干支「うさぎ」は、古代より長い耳で福を集めると言われている縁起の良い動物で、その見た目の可愛らしさからも人気を集めています。
軽やかなジャンプでぴょんっと飛び出してきそうな跳ね兎、もっちりふわふわのお尻のラインがポイントの座り兎、年男・年女へのお誕生日プレゼントにも人気です。

ご好評につき、現在追加製作のご予約を承っております。
ご興味のある方はお早めにお問合せくださいませ。

【ご予約時期】2023年1月15日(日)まで
【お納め時期】2023年5月頃

●干支片口筒形 跳ね兎 黒銀/紫金色(400ml)
各60,500円(税込) 各色 限定3個
●干支片口ぐい呑 跳ね兎 黒銀/紫金色(60ml)
各27,500円(税込) 各色 限定5個
●干支片口ぐい呑 座り兎 黒銀/紫金色(60ml)
各27,500円(税込) 各色 限定5個

《お問い合わせ》
燕本店 0256-62-2015 info@gyokusendo.com
銀座店 03-6264-5153 ginza@gyokusendo.com

福岡 万yorozu 「玉川堂 鎚起銅器展 つくり手とつかい手」開催のお知らせ

〜燕本店から職人が来福いたします〜

3年ぶりに福岡の万 yorozu 様 に於いて展示販売会を行います。
今回は職人が金鎚で鎚目を入れていく様子を実演し、心地よい鎚の音とともに銅器が生まれる過程をゆっくりとご覧いただけるほか、茶司 德淵氏による至極のお茶セットもご用意いたします。
定番の茶器や酒器が一堂に揃うこの機会、皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。

《催事詳細》
会期:12月2日(金)〜4日(日)
時間:11時〜19時 ※最終日17時30分閉場
場所:万 yorozu 2階(電話 092-724-7880)
福岡市中央区赤坂2丁目3番32号
※お車でお越しの際はお近くのコインパーキングをご利用ください

万ホームページ:http://www.yorozu-tea.jp/

「お茶と和菓子の玉川堂セット」
¥1,980 / 万1階(12時〜18時)

玉川堂の茶器を使い、茶司 德淵卓氏が厳選した至極のお茶と和菓子をご堪能いただくセットです。
洗練された静謐な空間「万」にて、至極とおもてなしのひと時をお過ごしください。
※限定のため要予約(ご予約のない場合10%のサービス料がかかります)

ご予約先:万(よろず)お電話にてお申し込みください。
電話/092-724-7880  (営業時間 12時〜0時)

燕本店「高野竹工〜京都の竹と国宝待庵の古材展〜」

京都・長岡京市で竹工や木工、歴史的建造物の修繕など様々な分野に取り組む高野竹工様の展示会を開催いたします。
国宝「待庵」の修繕時に出た古材で製作された茶箱など、貴重な作品をご覧いただけます。
3日(木・祝)には竹工、鎚起銅器、そして工芸デザイナーのそれぞれの視点から「温故知新について」議論する、トークイベントとお茶会も開催いたします。
詳細はお申込フォームからご覧ください。
また5日(土)、6日(日)には竹の箸づくりのワークショップにご参加いただけます。こちらは事前申込不要です。
《会期》11月3日(木・祝)〜6日(日)
※会期中無休
《会場》玉川堂 燕本店2階
《お問い合わせ》
玉川堂 燕本店
0256-62-2015/info@gyokusendo.com

[第172号] 松下幸之助が大切にした生き方「素直な心」

  「松下電器は人を作るところでございます。あわせて商品も作っております。電気器具も作っております」。松下幸之助の経営哲学の中で、「人」が第一にあることを端的に表現している名言です。その想いを後世へ継承すべく、私財を投じて松下政経塾を立ち上げ、政治経済における人材育成のみならず、当時の日本の工芸家育成にも尽力しました。重要無形文化財保持者(人間国宝)を中心に組織する公益社団法人「日本工芸会(現総裁=佳子内親王)」の役員として長年に渡り貢献され、晩年には栄誉会長へ就任し、会の公募展では「松下幸之助記念賞」を設置。また、工芸家育成の基金として日本工芸会へ多額の寄付を行うと共に、工芸家の作品を積極的に購入して自身の茶室で収蔵するなど、日本の工芸界における最大の支援者でもありました。

 松下幸之助は、1894年(明治27年)和歌山市出身で、8人兄弟の末っ子。1918年(大正7年)23歳の時、妻と義弟・井植歳男(三洋電気創業者)の3名による「松下電気器具製作所」の創業を契機に年々事業を拡大させ、1935年(昭和12年)40歳の時、「松下電器産業株式会社」へと株式会社組織とし、従業員約3500名の電気器具の国内有力メーカーへと成長していきます。そして1937年(昭和14年)、各界著名人との交流を深めていく中で、茶の湯を初めて体験し、「日本古来の歴史と伝統によって育まれた茶の湯には、限りなく先人の教えが含まれている」と考え、茶の湯の世界に陶酔。多忙を極める日々でも、「心の安らぎを覚え、私の精神生活に欠かせないものである」と、お茶を立てる習慣は欠かさずに行っていました。

 1961年(昭和36年)、66歳の時に社長を退き、会長へ就任。京都・南禅寺近くに、念願であった茶室と庭園「松下美術苑・真々庵」を設け、国内外の賓客が訪問した際は、収蔵した工芸品を紹介しながらお茶を立て、細やかな心遣いでおもてなしをしたとのこと。現在はパナソニックの迎賓館として活用されており、松下幸之助の精神が受け継がれています。さらに、1970年(昭和45年)の大阪万博「松下館」では、「茶道は日本が誇りを持って外国人に贈り得る大切な民族文化の一つである」と、日本の最先端技術の紹介と共に、日本の伝統と精神文化を伝えるべく茶室も設けました。そこには、国内外の来場者へお茶でおもてなしをすることで、日本のものづくりの源流にも触れて欲しいという願いが込められていました。

 松下幸之助の経営哲学の一つに「素直な心」があります。「素直な心になって自然の理法に従っていれば上手くいく。世の中は成功するようになっている」とし、逆に素直な心ではない時、人間は必ず行き詰まると説きました。さらに、集団行動であれば人間関係の軋轢は付き物ですが、「人間には、もともと素直な心になる素地があるということを認識することである。素直な心になることを常に心がけ、自分なりに工夫を凝らせば、誰もが素直な心になれる」とし、誰に対しても受け入れ、学ぶ謙虚さを持つことが、人や組織を成長させるために必要不可欠なことであることも説いています。そして、「お茶の心は素直な心にあり、素直な心無くして茶人にはなれない」とし、茶の湯と経営哲学を結びつけた茶人経営者でした。

 「伝統工芸は日本のものづくりの原点である」。人間そのものに関心の高かった松下幸之助は、自然素材からモノを生み出す工芸家にも興味を持ち、多くの工芸家から、ものづくりへの想いや精神を積極的に学ぶ姿がありました。当時を知る工芸家の話では、その謙虚に学ぶ姿勢に感銘を受けたそうです。伝統工芸への造詣が深まるにつれ、電球ソケットから始まった自身のものづくりと伝統工芸の精神を重ね合わせ、「大量生産品であっても手に取ってみると、手技を駆使した工芸品の如く、精密で正確なものを作らなければならない。」と語り、日本のものづくりの精神を常に意識し実践していました。「素直な心」無くして、人を惹きつけるモノは生まれず、素直な心を常に意識した生き方が求められます。松下幸之助が大切に育んできた精神を受け継ぎ、後世へしっかりと伝えていきたいものです。