[第174号] 生き方を問う

 テクノロジーの進化によって世界経済は目まぐるしいスピードで変化し、将来の予測が困難な状況にあることから、「VUCA(ブーカ)」の時代=Volatility (変動性)・Uncertainty (不確実性)・Complexity (複雑性)・Ambiguity (曖昧性)と言われていますが、そこに新型コロナウイルス感染症が追い討ちを掛け、VUCAの度合いがさらに高まりました。そんな中、VUCAにおいて、生き残るためのヒントが、幾多の経済危機や災害を乗り越えてきた、老舗企業の「本質」にあると注目されています。いかなる環境変化にあっても不変である原理原則、つまり、物事の本質を捉えることがコロナ禍においてより重要視され、「老舗の本質」をテーマとするマスコミ記事や講演会などが、クローズアップされるようになりました。

 創業200年以上の企業の国別データ(帝国データバンク)を調べると、1位日本・約1300社、2位アメリカ・約230社、3位ドイツ約200社、4位イギリス約80社、5位ロシア約40社と続き、日本は世界一の老舗企業大国です。地域の文化や歴史を大切に育みながら、その地域で何か一つだけ他社の追随を許さない得意分野を作り、長い年月をかけ、徹底して磨き続けてきたという共通項があります。また、三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」を着実に実践しており、お客様との長期的な良好関係を築き、目先の利益を優先させない独自のビジネスモデルを構築してきました。そして、地域に長年支えられてきた感謝の念から、自社は「公器」であるとの意識が強く、自社と共に地域の発展を望む社風が養われています。

 ラグジュアリーブランド論の第一人者であり、国内外の老舗を研究している早稲田大学・長沢伸也教授は、「老舗マーケティング」を以下のように定義しています。①「商品」=伝統により育まれた製造技術と厳選された素材。②「価格」=競合製品の比較ではなく、商品の絶対的価値を適正に表現。③「地場」=工場は移転しない。④「コミュニケーション」=広告は打たず、顧客との親和性を図り、知る人ぞ知るクローズドなコミュニティを形成する。また、老舗企業とは「希少性維持マネジメント」であり、老舗企業の戦略として「堅実的な求心力」「地域的な継承力」が求められると提言しています。

 玉川堂のコーポレートメッセージは「打つ。時を打つ。」。じっくり時間を掛けて職人を育成する(時)、お客様にはじっくりと時間を掛けて商品を育てていただく(時)。職人の手技によって生まれた鎚起銅器は、新品の状態では未完成の器です。お客様からご愛用いただくことによって、使うほどに色合いに深みと光沢を増し、完成度を高めていきます。このように、成熟・熟成することによって生まれる価値観を大切にしていくという想いを込め、玉川堂ブランドテーマを「時」、玉川堂ブランドコンセプトを「時と共に成長する。未来に価値を置く。」とし、これらを総称して玉川堂ブランド体系(理念体系)としています。

 VUCAの状況下、さらにコロナ禍において、流行や目先の利益を優先する社会風潮が急激に強まったことから、玉川堂ブランド体系(理念体系)の中に「玉川堂ブランドフィロソフィー」を追加しました。「流行に応えることは、私たちでなくても出来る。生き方を問うことは、私たちだから出来る。」。地域の先人たちが築き上げてきた文化や玉川堂の歴史をあらためて学び直し、そして見つめ直すことで、「生き方」とは何かを探求し、玉川堂の本質をあらためて問いました。コロナ禍の3年間、時代の変化に即応し過ぎるあまり、社会全体において即効性の高い事業や手法が次々と行われました。「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」の通り、即効性も行き過ぎると、いずれ何らかの影響を及ぼします。2023年はアフターコロナの年。本質とは何かをあらためて熟考し、「生き方を問う」年にしたいと、心新たにしています。