[第212号] 大阪から横浜へと繋ぐ万博「横浜花博2027」

 来年2027年3月19日~9月26日、横浜市で「横浜花博(GREEN×EXPO2027)」 が行われ、日本で再び万博が開催されます。「万博」と「花博」は本来、管轄する国際組織が異なります。しかし、2027年の「横浜花博」は、国際園芸家協会(AIPH)が開催する最上位の博覧会であるため、博覧会国際事務局(BIE)からも「万博(EXPO)」として正式に認定されています。日本における花博の万博認定は、1990年「大阪花博」以来2回目。これにより、日本の万博開催回数は、①1970年大阪、②1975年沖縄、③1985年筑波、④1990年大阪(花博)、⑤2005年愛知、⑥2025年大阪、そして2027年横浜(花博)で、合計7回となります。1970年以降の万博回数は、アメリカ・中国・ブルガリアの各3回を大きく引き離す世界最多の回数となり、日本の万博にかける熱意の高さが数字として現れています。

 横浜花博は花と緑をテーマに、世界各国の園芸の文化・技術・暮らしを紹介する万博です。横浜は1859年に国際港として開港以来、日本植物の輸出や西洋植物の輸入など、花卉(かき)貿易の先進地としても栄え、日本の園芸文化の礎を築いてきました。花博会場は、2015年に米軍から返還され、長期に渡り土地の利用が制限された上瀬谷通信施設(横浜市瀬谷区・旭区)の広大な跡地を利用します。関東平野としては稀な、豊かな自然環境が広がるその貴重な自然資本を生かすべく開催されるのが横浜花博であり、会期後の跡地は、花博で整備される都市インフラを活用したまちづくりが行われ、花卉産業の礎を築いた横浜に、緑豊かな田園都市が誕生する計画となっています。

 横浜花博の企画について、公表されている情報の中から一部を抜粋すると、季節に応じて何度も世界中の植物が入れ替えられ、世界各国の園芸文化の真髄が至る所で鑑賞できる他、テーマ館では、地球を支える命の根源である植物の真の姿が、最新の映像技術と展示技術で紹介されます。そして、大阪万博のパビリオンなどで使用された建築部材を、横浜花博へ再利用する取り組みが推進され、中でも注目は、「大屋根リング」の木材を再利用する、20階建て木造高層タワーの建築です。いのち輝く未来社会(大阪万博)から、自然と共生する社会(横浜万博)へと理念を繋ぐ意思が込められており、循環社会のあり方を示す、新時代の建築デザインにも期待が集まります。

 日本が公式に初参加した万博は、明治6年(1873年)ウィーン万博です。当時、日本の最先端の技術は、職人技を駆使した精緻な工芸品であり、全国各地の工芸品を中心とした日本製品がセレクトされ、玉川堂(当時玉川堂2代目)も出品しました。ウィーン万博には園芸部門も存在し、日本の盆栽や観葉植物なども高い評価を受けました。中でも注目されたのは、日本の花卉貿易の繁栄にも繋がった日本庭園の美しさでした。日本を代表する庭師や植木職人をウィーン万博会場へ派遣し、半年かけて完成させた日本庭園は、英国庭園・仏国庭園と並ぶ三大庭園として評価され、以降万博には欠かせない存在となり、世界各国の万博会場での造園が習わしとなりました。日本初開催となった1970年大阪万博においても造園が行われ、近代建築パビリオンに注目が集まる中、ひときわ高い存在感を放った日本の造園技術。2024年には、「国登録記念物」として文化財登録され、万博レガシーとして、後世へ受け継がれていくことでしょう。

 万博は最先端の技術のみならず、園芸の技術を披露し、未来社会と自然共生を追求する場です。横浜花博は、その園芸の技術を核としながらも、「花のある暮らし」を豊かにするライフスタイル提案の計画が盛り込まれており、これによって、園芸用品を中心とした全国の地場産業製品にも注目が集まるでしょう。これは、ウィーン万博以降、万博と共に発展してきた工芸業界においても、絶好の好機です。刃物産地における園芸道具のみならず、花瓶や一輪挿しなどの花器は、花と融合することで美を表現する器であり、世界の植物との調和が図れます。横浜花博は、大阪から横浜へと「繋ぐ万博」としての役割が期待されています。日本の経済界で一体感を持ち、日本の技術を世界へ発信する場として、この機会を大いに活用していきたいものです。