[第213号] 運慶&ミケランジェロ 〜東西の変革期に誕生した彫刻師〜

「仏像とは、木の塊から仏様を救い出すことである(運慶・不詳〜1224年)」
「大理石の中に天使を見た。私はその天使を救い出すために掘り続けるのだ(ミケランジェロ・1475〜1564)」。

 彫刻の歴史の中で、両者は東西の筆頭格の彫刻師と言われ、時代は異なれど、その「ものづくりの哲学」は、現代の私たちに多大な影響を与え続けています。運慶は、朝廷が倒れて幕府が誕生し、「貴族から武士」へと権力が移行した鎌倉時代。ミケランジェロは、神という絶対的な権威が弱まり、「神から人」へと個人主義に価値観が転換したルネサンス期。両者に共通するのは、時代の大転換期を象徴する彫刻師であるということです。時代が大きく動く時、芸術の世界では、全く新しい様式が生まれる。日本における鎌倉時代、そして、イタリアにおけるルネサンス期は、その歴史を体現しているのです。

 世界史上稀に見る泰平の世が続いた平安時代。しかし鎌倉時代に入ると、一転して戦の絶えぬ乱世へと突き進みます。特に源平の争乱では、日本初の全国的な内乱となり、人々は明日をも知れぬ命に怯え、来世での救いをひたすら願う日々を過ごしていました。この壮絶な時代に誕生した彫刻師が運慶です。彼の使命は、威厳溢れる仏「仏像」をこの世に出現させ、人々の心に平安と信仰の拠り所を打ち立てることにありました。これまでの日本の仏像は、平和を象徴するかのような穏やかな顔立ちや肉付けが定説でしたが、それに対し運慶の作品は、生々しいほど目力に溢れ、かつ、張り裂けんばかりの力強い肉体美を表現しています。「天下無双の仏がこの世に存在して欲しい」という民衆の願いを形にしたその姿は、これまでの日本の彫刻の世界には類を見ない、まさに時代が切望した美術表現だったのです。

 一方、ルネサンス以前の欧州では、神と教会の権威は絶対的であり、「人生(現世)は苦しみの世界である」と考えられていたため、絵画や彫刻などの美術表現も、キリストは悲しみに顔をゆがめ、マリアは目を伏せるなど、悲壮感に満ちたものばかりでした。しかし、欧州人口の約3分の1が亡くなる、ペストという史上最悪のパンデミックが、神や教会への絶対的な信頼を揺るがします。混迷を極めた社会状況の中、古代における人間中心の社会を目指す「ヒューマニズム」を復興させる風潮が生まれ、「文化を再生(ルネサンス)」していく動きが急速に拡大していきます。そこへ彗星のように現れたのがミケランジェロでした。中世の暗黒時代に終止符を打つべく、肉体美こそが古代ギリシャの神々が創った最高の美であるという哲学のもと、美術表現を静から動へと大転換。彼の彫刻は、「ルネサンス」の象徴として人々に夢と希望を与え、欧州が近代国家としての道を歩み始める大きな原動力となったのです。

 このように歴史の大転換期には時代を象徴する彫刻師たちが出現し、それまでの常識を覆す新たな美術表現によって、民衆の心を強く捉えてきました。しかし、東洋と西洋では、彫刻家としての思想と哲学において決定的な違いがあったのです。運慶は、仏の教えを具象化するために、常に民衆の心に耳を傾けました。そこには、自身の感情を仏像に誇示したり、芸術家としての名声を得たいという欲望は微塵もありません。ただ平穏な社会を願い、一心にノミを振るい彫り続けたのです。一方ミケランジェロは、神からのインスピレーションの純粋性を守るために、民衆の心には一切耳を傾けず、自分は神から与えられた唯一の人物であるとの自己陶酔の極致において、自己表現を最大限に突き詰めた石像製作に全身全霊を捧げました。自己を滅する運慶の「無我」、そして、自己を最大化させるミケランジェロの「自我」。両者共に人間の肉体美を追求しながらも、その根底にある哲学は正反対のものだったのです。

 運慶が活躍した鎌倉時代は、日本彫刻史上最も活力ある時代でした。しかし江戸時代に入り、再び戦の無い泰平の世が続くと、仏像表現も次第に柔和となり、独創的な彫刻の名品が失われた不毛の時代を迎えます。この停滞を打ち破ったのが、明治時代の「文明開花」と共に現れた高村光雲でした。彼が中心となり、これまで対極の思想であった西洋彫刻を積極的に取り入れるという大改革を断行。日本彫刻の風習であった「祈りのための彫刻」から「神から人」へ、創造性や感性を刺激させるアートとしての彫刻へと、その活路を見出したのです。動物や裸体といった、これまでの日本には無かった美術表現は、ジャポニスムとして西洋でも高い評価を受けると同時に、運慶とミケランジェロの思想が、長い時を経て交わる瞬間でもありました。「伝統とは革新の連続」。長い歴史の中で、時代の大転換期ごとに断行された革新が、今日の彫刻の技術と思想を形作っています。彫刻の歴史から「ものづくりの哲学」を学ぶ意義は極めて大きく、世界の至宝である彫刻作品に触れる経験を、令和のものづくりへと昇華させていきたいものです。