大阪関西万博の見所の一つに、各国のパビリオンの建築が挙げられます。その国の個性が反映された建築が軒を連ね、パビリオンの外観をじっくり眺めることも、今回の万博の魅力と言えるでしょう。先月、万博出展と社員研修を兼ねて万博へ行きましたが、各国のパビリオンを眺めると、「いのち輝く未来社会のデザイン」が万博のコンセプトだけに、100年前、ドイツで興ったデザイン運動「バウハウス」の精神が、色濃く反映されていると感じました。中でも欧州連合(EU)パビリオンは、「新欧州バウハウス」をテーマに掲げて建築され、バウハウスの本場・ドイツのパビリオンは、バウハウスの精神が体現された流石の存在感。その他のパビリオンでも、その精神が至る所に感じられ、「現代建築の多くは、バウハウスに行き着く」と言われていますが、建築の魅力満載の万博に胸が躍りました。
「芸術と技術の統一」。バウハウスはこの言葉を教育理念とし、1919年にドイツで設立された国立の美術学校です。「全ての造形活動の最終目標は建築である」という考え方のもと、様々な造形活動を建築のもとに総合させる教育を実施し、建築・工芸・絵画・写真などの専門分野を学ぶ生徒に、同じ教室で同じ教育を受けさせ、総合的なデザイン教育を学べる場を創生したのです。このように専門分野の垣根を無くし、それぞれの専門性を学ぶことで、ものづくりの本質を見極め、芸術を「産業」として捉えることを目指したのです。100年前の教育としては画期的なことであり、バウハウスの存在によって「デザイン」という概念が明確化され、その重要性が認識される契機にもなりました。
「Form follows function(形状は機能に従う)」「Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」。バウハウスの教育で重視されたのは、「機能美」と「引き算のデザイン」です。それは机上の空想から生まれる形ではなく、人間の豊かな生活を追求した結果として生まれる必然的な形。つまり、本当に必要なものだけを残すという引き算のデザインを大切にし、取り除くものが無くなった本質のみを表現することで、普遍的なデザインが生まれるという考え方です。日本人は、バウハウスの精神に共感する傾向が強いとされますが、そこには「茶の湯」の精神との共通項が見出せます。茶室の空間・形状・色彩など、装飾性どころか美をも削ぎ落とし、削ぎ落とした末に何が残るか。日本とドイツの両国は老舗企業が多く、工芸の盛んな国ですが、そこには、バウハウスと茶の湯の美意識が、国民の感性に根付いていることも一因と考えています。
バウハウスは、産業革命の大量生産社会に反発し、手仕事の重要性を説いたアーツ・アンド・クラフツ運動の流れを汲んでいます。しかし、この運動と異なるのは、機械化大量生産を真っ向から否定するのではなく、「デザインの視点」を取り入れ、規格品として大量生産されても、匠の手業のごとく高い品質を目指すことでした。つまり、芸術家としての感性、エンジニアとしての感性など、個々人の多様な感性を受け入れ、そして融合させ、地球にも人間にも負荷の掛からない、「持続可能な社会」を構築するためのものづくりを指しているのです。これはまさに、大阪関西万博の理念と共鳴しており、それが各国のパビリオンの建築にも表現されています。
日本の木造建築は、1300年以上継承されてきた世界最古の歴史があり、その伝統技法と最新技術を融合して建築したのが、大阪関西万博の象徴「大屋根リング」です。持続可能な社会へ向け、世界の建築業界において木造による建築が推進されている最中、この大屋根リングを世界へ向けて発信することは、木造建築の新時代へ向けた歴史の転換点と成り得ます。あくまで個人的な見解ですが、万博の建築で最もバウハウスの精神を感じたのが、大屋根リングでした。天候にも恵まれ、沈む夕陽を眺めながら大屋根リングの屋上を一周し、100年前に生まれたデザインの源流・バウハウスのものづくりの精神が、今、この万博会場でも花開いたのを目にし、そして100年後の万博に想いを馳せる。今回の万博は、各国パビリオンの展示と合わせて建築にも注目が集まっています。これを機に改めて今、「バウハウス」の精神を見つめ直し、100年後のものづくりのあり方を考える万博にしていきたいものです。