歌舞伎役者としての道に人生を捧げ、人間国宝になるまでの壮絶な生き方を描いた、現在上映中の映画「国宝」の大ヒットを受けて、改めて「人間国宝」への注目が集まっています。人間国宝という名称は、自然発生的に生まれた俗称であり、正式名称は「重要無形文化財保持者」です。「有形文化財」は、建物や作品などのモノに対して指定されることに対し、「無形文化財」は、技術に対して定められます。中でも価値の高い技術は「重要無形文化財」に認定され、その技術を高度に体現している個人が「重要無形文化財保持者」として認定されます。これらの文化財を所管する文化庁は、「人間国宝」という呼称が一般的に広く浸透していることから、事実上これを許容しており、そのため正式名称よりも俗称の方が世間で使われる機会が多くなってきています。
人間国宝制度の契機となった出来事は、1949年(昭和24年)、奈良県斑鳩町の世界最古級の木造建築・法隆寺金堂の火災です。約1300年前から伝わるアジア仏教を代表する十二面壁画を焼失したこの火災は、日本のみならず世界中に大きな衝撃を与え、「法隆寺を焼くような国は、文化国家とは言えない」と、厳しい批判を受けました。そこで翌1950年、国は従来の国宝保存法などの法律を見直し、新たに「有形文化財」「無形文化財」などの文化財保護法を制定。さらに1954年改正時に重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝の認定制度が始まりました。伝統工芸や芸能など、無形文化を担う人々を認定する特殊な制度は、世界でも高い評価を受け、国によって形は異なるものの、フランス・中国・韓国などでも同様の制度が設けられました。
文化庁はこの度、人間国宝の制度を約50年ぶりに見直し、対象分野である「工芸技術」と「芸能(能・歌舞伎など)」に、新たに「生活文化」を加え、料理人や杜氏といった日本の食文化の担い手も、人間国宝に認定する方針を発表しました。「和食」や「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録され、さらにはインバウンドの増加も後押しとなって、日本の食文化は世界中から注目を集めています。一方で、生活様式の変化や過疎化、担い手不足などにより、郷土料理や地酒といった地域の伝統食の中には、存続の危機に直面しているものも見受けられます。生活文化の分野における人間国宝制度の導入は、後継者育成に大きな役割を果たし、日本が誇る食文化の継承発展のための方策として期待できます。
2010年(平成22年)、玉川堂6代目玉川政男の実弟・玉川宣夫は、新潟県では制定以来5人目、燕三条では初めて「重要無形文化財保持者(鍛金)」に認定されました。座右の銘は「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」。千日(3年)かけて心構えを学び、万日(30年)かけて技を磨いていくという意です。宣夫は事実、この格言の倍の60年以上に渡り、ひたすら銅を打ち続けてきており、それだけに日々精進の大切さは誰よりも熟知しています。玉川堂の職人に対しては「一生続ける覚悟で銅を打つこと」と初心を貫く大切さを説き、「親戚全員分のヤカンを作れ」が口癖で、そこには、玉川堂の技術が凝縮されたヤカンを作り続けることによって鎚起銅器の技術を磨いて欲しいというメッセージが込められています。この言葉を受け継いだ玉川堂の職人たちは、終業後に開放された工場で日々、鍛錬の鎚音を響かせています。
「人間は繰り返し行なっている行動により作られる。優秀さは行動ではなく、習慣によるものである(アリストテレス)」。「私は賢いわけではない。人より長く一つの事と向き合っているだけである(アインシュタイン)」。継続することの大切さを説いた格言ですが、人間国宝に共通する哲学として、継続することよって育まれる美への意識が重要な要素となっています。日本刀の人間国宝・隅谷正峯氏(故人)は、「刃は作り手の品性から生まれる」とし、「美意識を研ぐ」ことの重要性を説きました。彼は、日本刀の最高傑作は14世紀の鎌倉時代であるとし、「高い人間力が備わっていないと、この刃は作れない」と、技術力だけでは成し得ない、刃から滲み出る人間としての品性の高さを賞賛しています。「万日の稽古を錬とす」の錬とは、心身を鍛え上げ、万日(30年)のその先に会得し得る美意識をさらに磨き上げていくこと。人間国宝の生き方には、日本文化を後世へ継承するための本質が伏在しており、その生き方とは、未だ会得し得ぬ美意識を求めて、繰り返し自らの生き方を問い続けることであると思っております。