コーヒーの世界年間消費量は約900万トンです。これに対し、お茶は年間約600万トン。コーヒーは世界で最も消費されている嗜好飲料で、国別の消費比率は、EU25%、米国15%、ブラジル13%、日本・フィリピン・カナダ各4%と続き、欧米が圧倒的シェアを占めています。コーヒーの抽出方法は世界各国様々で、大別すると、①エスプレッソなどの「加圧法(粉を加圧する)」、②ドリップなどの「透過法(粉にお湯を注ぐ)」、③フレンチプレスなどの「浸漬法(粉をお湯で浸す)」に分類され、①加圧法と②透過法は、コーヒーマシンによる抽出が主流です。コーヒーポットを片手にじっくりと抽出する「ハンドドリップ」は、②透過法の一つであり、日本人にとってお馴染みの淹れ方ですが、他国ではあまり行われない抽出方法です。
ハンドドリップは約250年前、フランス人によるコーヒーポットの開発を起源とし、その後ドイツを中心に確立された抽出方法です。しかしコーヒーマシンが普及して以降、主に日本がハンドドリップの文化を継承・発展させていき、ハンドドリップ=日本式のイメージが定着しました。日本で発展したことへの個人的な見解としては、茶道における「おもてなし」の精神が深く関係していると考えています。客人の前でお茶を点て、最高の1杯を差し出すために心を尽くし、お茶を飲む行為だけでなく、茶室のしつらえや器の美しさをも追求する。これは1970年〜80年代の喫茶店ブームにも通底していると考えており、内装や家具、そして、カップ一つ一つにもこだわり、マスターが注文を受けるたびに、ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れるというおもてなしが、日本人の心を捉えました。一杯のコーヒーを深く味わうために手間暇を惜しまず、様々な手順を忠実にこなす堅実的な国民性と日本人の美意識が、ハンドドリップの文化を発展させたのではないでしょうか。
今ハンドドリップは中華圏でも大きな広がりを見せており、言わばコーヒー革命が起きています。中でも台湾での広がりは破竹の勢いであり、ハンドドリップで淹れるカフェが急増し、台湾茶を楽しむ茶芸館の軒数を上廻るという逆転現象が生じています。直近10年間でコーヒーの国内消費量は約3倍に増え、コーヒー消費の伸び率世界一は、台湾であるとも言われています。また、中国本土や香港でも同様のコーヒー革命が起きており、高品質のコーヒー(スペシャルティコーヒー)をハンドドリップで丁寧に淹れる抽出方法は、アジア圏のスタンダードとして定着しつつあります。その文化的な背景として、中国茶を急須で丁寧に淹れる風習が今もしっかりと根付いており、日本と同様、ハンドドリップは中華圏の方々の国民性に合った抽出方法と言えます。
ハンドドリップはアメリカのコーヒーブランドも、着目するようになりました。「ブルーボトルコーヒー(本社・カリフォルニア)」は、日本の古き良き喫茶店文化に影響を受け、1杯づつハンドドリップでコーヒーを淹れるスタイルを日本国内の全店舗で導入。スタッフの技術と感性に委ねられ味覚にブレが生じやすいハンドドリップを、アメリカの大手コーヒーブランドがメニューに加えた時は、正直驚きました。さらに世界最大のコーヒーチェーン「スターバックス(本社・シアトル)」も、日本国内の一部店舗ながらバリスタを配置し、ハンドドリップのコーヒーを提供する試みを開始し、コーヒーマシンでは表現出来ない人の手技に委ねるコーヒー抽出に新たなコーヒー市場開拓を目指しています。ハンドドリップは、豆本来の味覚をダイレクトに味わえ、さらに日本の職人芸を彷彿とさせるパフォーマンスも魅力的であることから、訪日外国人からも高い評価を得ており、将来ハンドドリップが世界的に浸透する時代が到来するかもしれません。
日本のコーヒー文化は世界的に見ても独自性が強く、ハンドドリップはその最たるものです。それ以外にも、カップの上にコーヒーバッグを乗せる「ドリップバッグコーヒー」、自販機で手軽に飲める「缶コーヒー」、夏場に需要が高まる「アイスコーヒー」、これらは基本的に日本人だけの飲み方であり、訪日外国人にとっては異色の光景です。私は海外出張の際は出来る限りカフェに立ち寄り、コーヒーの淹れ方と道具を注意深く見るようにしています。特に道具に関しては、素材・形状・機能など多種多彩のためその国の文化が如実に現れ、一杯のコーヒーにはその国の文化が凝縮され、その国で暮らす人々の営みが垣間見れます。コーヒーの歴史や文化を学び、あらためてコーヒーの淹れ方に着目してみると、コーヒーの味覚はより一層味わい深いものになるでしょう。