[第194号] 古代より社会発展の変革を担う銅

 銅は、パソコン・携帯電話・自動車・電力インフラなど、幅広い産業で使用されており、銅価格は世界経済の変調に敏感に反応するため、私たち銅を扱う産業や投資家の間では、「ドクターカッパー」とも呼んでいます。好景気には銅価格が上昇、不景気には銅価格が下落する傾向にあり、景気の先行きの判断材料となっていることが、ドクター・カッパーと言われる所以です。今年5月、銅は史上最高値を更新しましたが、その後は米金利の高止まり観測や中国経済の停滞懸念によって、やや下落傾向にあります。とはいえ、銅価格は1999年の1キロ=178円以降、中国経済の成長と共に急上昇し、現在は1キロ=1400円前後で推移しており、25年間で実に約10倍の価格上昇となっています。

 古代ローマ時代、銅の主な産出地は地中海のキプロス島(ラテン語 cuprum)であったことから、頭文字をとって銅の元素記号は「Cu」、銅の英語表記は「Copper」と称されました。銅は人類が初めて使用した金属であり、BC8000年頃から使用されていますが、本格的な使用はBC3000年頃からの「青銅器時代」です。銅に錫を約10%配合させた合金「青銅」が発明され、銅の強度が増したことから、武器や農工具などが開発され、軍事的優位性、農業生産性が格段に向上し、国家形成が進んでいきます。銅は古代文明を変革させた金属であり、最も重要な物資として重宝しました。

 銅の加工技術に飛躍的な進歩が見られたのは、古代中国・BC1700年頃です。祭司用に使用する酒器や食器などの青銅器が多数現存しており、形状や文様のデザインが秀逸かつ精巧に作られ、東京・南青山「根津美術館」所蔵の「双羊尊(そうようそん)」は特に秀逸な青銅器として知られ、国(文部科学省)の重要文化財に指定されています。そして、BC221年、始皇帝が中国史上初の統一帝国・秦を構築すると、器だけでなく立体物を中心に優れた銅製品が製作され、その代表作が始皇帝の「銅馬車」です。金属工芸において、史上最高傑作の銅製品と評する専門家も多く、私も異論の余地はありません。現在の銅加工技術を駆使しても再現は極めて困難で、世界の考古学史上、技術や構造が最も複雑であり、約2200年前になぜこれほど先進的な銅加工技術が存在したかについては、未だ謎に包まれています。

 銅の歴史における大転換期は、18世紀半ばにイギリスで始まった産業革命です。それまでは、主に装飾品や軍用品などに銅が使用されていましたが、蒸気機関の開発によってエンジンの部品などに銅が用いられ、電気・磁気誘導の開発によってモーターや電線などに銅が使用されると、銅の需要は劇的に増加しました。それに伴い世界中で銅鉱山の探索が始まりますが、この蒸気機関と電気の発明が鉱山開発にも大きな役割を果たし、世界の銅産出量と世界の経済発展は比例するようになります。江戸時代、銅の世界一の産出国は日本でしたが、次第に枯渇状態となり、その後イギリスが世界一となりましたが、約100年後には同じく産出量が減少。そして19世紀末にアメリカが世界一となり、アメリカの経済成長に大きな影響力を与えました。現在、銅の主要産出国は、南米や中国などが中心となっており、中でもチリが世界シェア約30%を占める世界一の産出国で、玉川堂製品の銅はチリ産を使用しています。

 地球温暖化を抑えるために、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の開発などが進められていますが、対策が進むほどにより多くの銅が必要となります。さらには、デジタル社会の心臓「半導体」にも大量の銅が使用され、パソコンや携帯電話の普及などによって、銅の使用量は右肩上がりに上昇しており、約30年後には地球上の銅は枯渇すると懸念されています。一方で、眼球に情報端末を付着させるなどの新しいデバイスが普及し、約30年後にはパソコンと携帯電話の普及率はほぼゼロになるとされ、大量の銅に頼らない時代が到来するとも予測されています。銅枯渇後の社会では、廃製品から銅を回収する「都市鉱山」や、銅に変わる新素材などで新たな社会の発展を築く、産業革命以上の大革新の到来が求められます。約1億年もの間、社会と共に成長し、今も私たちの暮らしの身近に存在する「銅」。あらためて、銅という素材を見つめ直す機会となっていただければ幸いです。