ルネサンスとは「再生」を意味し、14世紀〜17世紀、イタリア・フィレンツェを中心とした、古代ギリシア・ローマの文化を復活させるための社会運動です。4世紀にローマ帝国がキリスト教を国教化してから約1000年の間は、文化的な発展が少なく、いわゆる「中世の暗黒時代」と称された時代でした。そのような、神や教会中心の社会を終焉させ、古代における人間を中心とした社会「ヒューマニズム」を復活させることで、人間性と多様性に溢れた文化の「再生」を目指したのがルネサンス時代です。契機となった要因の一つに、14世紀に発生したペストによる史上最悪のパンデミックが挙げられます。欧州人の約3分の1が命を落としたとされ、人々は死と隣り合わせの危機感の中、古代の歴史を学び、その歴史を再認識することで、当時信仰されていたギリシャの神々の世界観に、新たな社会への活路を見出そうとしたのです。
レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」、ミケランジェロ「ダビデ像」は、ルネサンス期を代表する作品であり、当時製作された作品は「ルネサンス美術」と称されます。この2つの作品は、世界美術史上最高傑作の絵画と彫刻と言われ、16世紀初頭、ほぼ同時期に製作された作品です。「モナ・リザ」は、表情の美しさや謎めいた微笑みに多くの人々が魅了され、従来にない人物の配置や、スフマート技法(輪郭を柔らかくぼかす筆使い)は、後世の絵画技法に大きな影響を与えました。また、鍛え抜かれた若者の肉体美を体現する「ダビデ像」は男性の完全美、同じくルネサンス美術のボッティチェリ「ヴィーナス」は女性の完全美とされ、以降、美術の世界における肉体美の基準となっています。
ルネサンスの影響は美術に留まらず、建築、音楽、科学など、様々な分野においても大きな革新が興った時代で、中でも飛躍的な発展を遂げたのは建築です。古代において建築とは、「人体と同様に調和したものであるべき」と考えられ、神々や宇宙と繋がっている人体には、最も理想的な比率「黄金比(1対1.618)」が隠されているとされました。この黄金比をより探究し、人間の営みに必要な新たな機能を備えたのが「ルネサンス建築」です。シンメトリー(左右対称)とバランス(調和)が重視され、全体的にシンプルで合理的な構造であり、中でも「クーポラ(丸屋根=ドーム形)」はルネサンス建築の最大の特徴です。現存されているルネサンス建築の多くは、世界遺産をはじめとする建造物保存対象として、今に受け継がれています。
このようにルネサンスは、史上稀に見る文明の転換期ですが、それ以前の欧州の美術や建築は、暗黒の時代を象徴するような表現方法が採用されていました。神と教会の権威は絶対的であり、「人生(現世)は苦しみの世界である」と考えられていたため、絵画や彫刻などの美術表現においては、キリストは悲しみに顔をゆがめ、マリアは目を伏せ、使徒たちは厳しい表情を浮かべるなど、悲壮感溢れる作品ばかりでした。そして、建築は神のための建築構造が研究され、使用されている家具なども機能的ではありませんでした。当時のキリスト教では、禁欲的な生活を送り、その苦しみを耐えた者だけが死後、天国へ行けると信じられていたのです。しかし、そんな死後の世界よりも現世の世界における生き方を重視する機運が生まれたのが、ペストによるパンデミックでした。人々がペストによる死に際し、教職者や家族が立ち会うこともなく孤独に埋葬されていく中で、神や教会の権力は低下し、人々の人生観は劇的に変化し、再生を遂げていったのです。
「挑戦とは、社会環境の激変によって存亡に関わる試練に直面することであり、応戦とは、この困難な課題に対して、創造的に対応して脅威を乗り越えることである。文明とは、この挑戦に対する応戦によって誕生していく」。イギリスの歴史学者・アーノルド・トインビーが定義した「挑戦と応戦の法則」です。人々はペストを人類への「挑戦」と捉え、己を信じ、今を生き抜くことで「応戦」したのです。ルネサンスによって人々は、禁欲的な生活に終止符を打ち、人間らしく生きるための知見と美的感性を育み、生まれ変わったかのように「美」の世界を表現することで、人間としての再生を試みました。社会環境の激変は、本質や生き方について考える契機となり、再生への大きな原動力となります。「本質」とは何か。「生き方」とは何か。アフターコロナという「応戦」の時代へ突入した現在、あらためてルネサンスを見つめ直す時であると考えています。