本日5月1日は八十八夜。茶畑では若葉を摘む日本の原風景が見られる時期で、これから本格的に新茶シーズンが到来します。厳しい冬の寒さを越え、初夏の陽射しの中、いっせいに芽吹く新芽は瑞々しい生命力に溢れ、鮮度の高い香りを存分に楽しめる「煎茶」が最も美味しい季節です。一方、新茶から数ヶ月以上熟成させることで飲み頃を迎える「玉露」は、店舗によっては新茶を取り扱わないところもあるため、入手は限定されます。しかし、玉露こそ、あえて新茶シーズンに味わいたいお茶です。未熟ながらもフレッシュな新茶の味わいを脳裏に残しつつ、円熟味を増した秋の熟成感を味わう。このように、「時」の移ろいを感じることも玉露の醍醐味であり、一度はお試しいただきたい玉露の楽しみ方です。
八女(福岡)・宇治(京都)・朝比奈(静岡)は、玉露の三大産地として知られ、特に上質な玉露が生産される地域です。煎茶などと比較し、手間も技術力も有することから高値で販売され、日本茶業界における玉露の生産割合は、約0.3%と極めて少なく、生産量は減少傾向にあります。しかし、芳醇な香りと余韻の長さ、凝縮された旨味など、色・香り・味などの様々な要素で他の日本茶とは一線を画し、国内外のお茶愛好家から絶大な支持を得ています。玉露はテロワール(気候や土壌による特徴)が反映されやすく、さらには、生産者によっても個性が反映されやすい、いわば芸術作品。ファミリービジネスで至高の一滴を追求するものづくりの姿勢は、フランスのワイン王・ブルゴーニュの生産者を彷彿とさせるものがあります。
煎茶は陽をたっぷり浴びて栽培されますが、玉露は収穫前の数十日間、畑一面に稲わらや黒い布などを覆い被せ、日差しを遮った状態で育てる「被覆(ひふく)栽培」が行われます。日差しを遮断することで、新芽に旨味成分である「テアニン」がたっぷりと蓄えられ、「覆い香(おおいか)」と言われる玉露独自の芳醇な香りと旨味が凝縮した茶葉に仕上がります。一方で、被覆栽培によってお茶の苦味成分「カテキン」は抑えられ、苦味や渋味はほとんど感じられません。テアニンは、リラックス効果の高い栄養素であることで知られていますが、玉露のテアニン含有量は、他の日本茶と比較しても突出して多く、休息のひとときに最適なお茶とも言えます。
玉露の素材力を最大限に引き出すためにも、淹れ方はとても重要です。お湯の温度は50度前後で、他の日本茶と比較するとかなり低いため、慣れるまでは温度計の使用をお勧めします。沸騰湯を使用した場合、玉露の特徴である旨みが抽出されず、渋みや苦味が強調されるため厳禁です。玉川堂製の急須の場合、個人差はありますが、お湯が55度以上になると、銅器(胴体)は熱くて素手で触れることが出来なくなるため、この場合、お湯の温度は熱過ぎるというサインとなります(持ち手はツルを巻いており、沸騰湯でも持てます)。胴体を素手で持てるくらいの温度が適温ですので、玉露を淹れる際の参考としてください。
玉露の魅力をさらに引き出すために、ティーペアリングは欠かせません。青海苔のような風味を持つ玉露の旨みは、魚介の旨みに味覚の共通項があり、甘い物では、和菓子以外ですとチョコレートとの相性が良く、玉露とチョコが渾然一体となり、とろけゆく食感が楽しめます。そして、玉露の茶葉は捨てずに、塩や薄口醤油を軽く掛けて食べると美味で、日本酒はもちろんのこと、白ワイン(リースリングなど)とのペアリングもお勧めです。玉露の味覚は主張が強いため、ペアリングの向き不向きが生じやすいお茶ですが、その分、合致した時の感動は大きく、日本茶の最高峰・玉露の「UMAMI(旨み)」は日本が世界に誇る食文化です。知れば知るほどその魅力に取り憑かれる、玉露の可能性は無限大です。玉露のUMAMIを存分に味わい、日本茶との新たな出会いと発見を体感してみてください。