[第167号] 約8000年の時をつなぐ地場産業 ジョージアワイン

 ワイン醸造発祥の地は、東ヨーロッパのジョージア(旧クルジア)とされています。2015年、BC6000年頃の使用と予測されるワイン醸造用の素焼きの壺が発掘され、それまで最古のワイン醸造地とされていたイランより、約1000年以上も古くから行われていたことが判明し、世紀の発見として、ワイン業界を中心に大きな話題となりました。BC3000年頃、文明が発達していたエジプトやギリシャなどの地中海沿岸の諸国へワイン醸造が伝わると、その近代化と共にワイン貿易も盛んに行われ、ワインは古代文明の基幹産業へと成長していきます。農業大国のギリシャでは、当時最も高品質なワインが生産されていたとされ、ギリシャ人は毎晩のように酒宴(シュンポシオン)を開き、美味しいワインを飲み交わしながら学問や芸術などの討論を行なっており、これが現在の「シンポジウム」の語源となっています。

 さて、世界最古のワイン醸造地とされるジョージアワインの特色は、「クヴェヴリ」と呼ばれる素焼きの卵形の壺の中に、果皮、果肉、果汁などを投入し、それを地中に埋め込む醸造法です。地中に埋めることで、ある程度一定の低い温度に保ち、卵形の形状は果汁や果皮などの循環を促します。特筆すべきは、BC6000年頃から現在に至るまで、約8000年にも渡り、クヴェヴリを使用した醸造法がジョージア国内において脈々と継承されていることです。クヴェヴリで使用する素焼き用の粘土は、ワイン醸造用に適した貴重な粘土であり、ジョージアでも一部地域でしか採取できません。さらに、クヴェヴリのサイズは大小様々で、大きいサイズでは高さ数メートルという特大サイズも存在し、ワイナリーの規模や醸造家の目指す味わいによってサイズは異なりますが、成形のみならず、窯の温度や時間など、素焼きの製法には熟練の技が求められます。ジョージアワインは、クヴェヴリ職人とワイン醸造家の技術の合わせ技によって誕生する、まさにジョージアの大地が育んだ世界に誇る地酒と言えるでしょう。

 そのジョージアワインを代表するワインは「オレンジワイン」であり、オレンジワイン発祥の国でもあります。オレンジワインは、白葡萄を使用して赤ワインの醸造法で作られており、仕上がりはオレンジ色になります。白ワインは果汁のみを発酵させますが、オレンジワインは、果汁と一緒に果皮なども発酵させるため、果皮の成分が加わることによってオレンジ色となり、味わいに複雑味や厚みを増します。白の風味を感じつつ、赤のニュアンスも感じられるため、ペアリングの幅の広さが特徴です。香辛料をふんだんに使ったスパーシーな料理、明太子やキムチなど、これまでワインと相性が良くないとされてきた料理にも調和するため、様々な料理とのペアリングの楽しみ方が広がります。また、赤白に比べて抜栓後も日持ちするため、1週間位かけて味覚の変化を楽しむこともお勧めです。好みにもよりますが、冷やし過ぎると渋みが強調されるため、白ワインよりやや高めの温度が良いかと思います。

 クヴェヴリを使用したワイン醸造は、醸造家の勘と経験に頼るところが大きく、品質が安定しないというデメリットがあり、特にオレンジワインの場合、その傾向が大きいように感じます。一方で、より高品質なオレンジワインを醸造しようと、数値化された欧州の最先端醸造に習い、タンク醸造などを用いて、品質の向上と安定化を図る動きが加速しています。クヴェヴリの技術と最新の醸造技術を使い分け、伝統技術を継承しながらも、高付加価値のオレンジワインを生産する醸造家の存在によって、ジョージアワインの評価は世界的に高まっています。さらに近年、オレンジワインは世界的に生産量が増加傾向にあり、日本でも生産する醸造家が増え、新潟県内のワイナリーでも生産されています。このように、世界的に認知度が高まり、本場ジョージア産の輸出も増加していることから、近い将来、赤・白・ロゼ・オレンジの「ワイン4種時代」の到来が期待されます。

 クヴェヴリによるワイン醸造は、2013年、ジョージアの伝統的なワイン造りの手法として、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。クヴェヴリの陶器職人とワインの醸造職人が連携して、約8000年もの間、同じ道具と技法が脈々と継承されてきた地場産業は、世界広しといえども、おそらくジョージアだけかと思います。世界のワイン産業におけるユネスコ登録は多数存在しますが、ブルゴーニュの「クリュ(畑)」、ボルドーの「街並み」など、その多くは景観が評価対象となっており、ジョージアはワイン産業界で唯一、「ワイン醸造法」で登録されたのです。旧ソ連時代まで、ほとんどは地酒として国内で消費されていたため、あまり馴染みの無かったジョージアワインは、近年、ワインの聖地としてあらためて認識されており、世界中のワインラヴァーがジョージアのワイン醸造家を訪ねています。伝統産業の継承や産業観光のあり方を学ぶ上でも、今後注目していきたい産地であり、一度は訪問してみたい場所です。