[第163号] 世界のコーヒー栽培の未来を考える

コーヒー豆は、赤道を中心に南北回帰線内の熱帯地域で栽培されており、カフェや市販の豆などに使用される「アラビカ種」と、缶コーヒーやインスタントコーヒーなどに使用される「ロブスタ種」に大別され、アラビカ種が約60%、ロブスタ種は約40%の栽培割合となっています。アラビカ種は主に中南米やアフリカなどで栽培され、標高1000m以上の熱帯高地での栽培が適しています。標高が高いほど寒暖差も大きくなり、じっくり時間をかけて熟すことから、標高の高い場所の豆ほど高級とされます。同じ地域でも、標高の違い、さらには農園によっても、飲み比べると味が異なります。産地と標高のテロワールを基礎情報とし、農園単位で味の違いを楽しむことがアラビカ種の醍醐味ですが、その農園単位の需要を満たすべくカフェや専門店も増え、多種多彩なアラビカ種が日本へ輸入されるようになりました。

一方、ロブスタ種はベトナムやインドネシアなど、主にアジアで栽培されており、標高500m以下の低地でも栽培が可能で、果実の成長が早いだけでなく着実数も多く、収穫性の高い品種です。アラビカ種は斜面角度の高い山間地での栽培に対し、ロブスタ種は平地に近い緩やかな斜面での栽培のため、労働力が軽減出来、さらに「robust(力強く丈夫)」の語源通り、気候変動による温度変化や、コーヒー栽培の難敵「さび病」と呼ばれる病害虫にも強いことから、安定した栽培が可能です。酸味は無く、独特な苦味や渋みが強調されるためアラビカ種より風味は劣りますが、安価で取引され、かつ少量の豆でもコーヒー成分が多く抽出されることから、主に缶コーヒーやインスタントコーヒーの原料として使用されます。なお、カフェインの含有量が多く、アラビカ種の約2倍含まれていますので、飲み過ぎには注意が必要です。

欧米はエスプレッソ抽出が基本であり、コーヒーマシンを使用したアラビカ種の深煎りが主流で、濃厚で苦みの効いたストロングテイストのコーヒーが好まれます。また、苦味をより強調するために、バリスタによってはロブスタ種をブレンドさせることもあります。一方、日本や中華圏では、コーヒー豆(コーヒーチェリー)はフルーツであるとの観点から、爽やかな酸味を引き出す浅煎り〜中煎りが主流で、果実本来の香りを好む傾向にあります。日本と中華圏は共にお茶文化が盛んであり、お茶と浅煎りのフレーバーは相通ずるものがあることも、浅煎りが根付いた要因と考えられます。その酸味を引き出すためにはハンドドリップ抽出が最適で、コーヒーポットやドリップポットを使用する道具の文化が定着しています。日本や中華圏のコーヒー業界のトレンドとして、標高の高い上質なアラビカ種を浅煎りにし、いかに上品な酸味を追求するかが重要視されており、近年浅煎り専門のカフェが増えています。

アラビカ種の栽培技術の向上と共に、コーヒー道具の進化、さらにバリスタの技術向上などの要素も加わり、上質な豆をこだわりの道具で、高度な技術で淹れる「スペシャルティコーヒー」の向上には目を見張るものがあります。しかし、その将来を不安視する現象がにわかに現実になってきました。業界では折に触れて耳にする「コーヒー2050年問題」です。アラビカ種は、年間平均気温18~21℃での栽培が適していますが、近年の温暖化によって年間平均気温が上昇しており、これまで栽培に適していた地域での栽培が困難になりつつあります。さらに、栽培の難敵である「さび病」は数年で農園を全滅させる程の強い感染力があり、その頻発も懸念されています。それらを総合的に考察すると、2050年までに世界のアラビカ種の栽培面積は、現在のおよそ半分程度に減少するものと予測されているのです。

一方で、アラビカ種の需要は世界的に増加傾向にあり、人口増加と経済成長などの要素が重なり、2050年には、現在の約3倍の需要が見込まれています。 需要と供給のバランスが大きく崩れるだけでなく、気候変動は品質の劣化にも繋がり、中でも高品質なアラビカ種の栽培は、かなり限られた地域に限定されることから、常軌を逸した高値で取引されるのではないかとの見方もあります。このコーヒー2050年問題を回避し、持続可能なコーヒー文化を構築すべく、世界の大手コーヒー企業や団体を筆頭に、積極的な対策が行われています。短期的視点では、さび病や寿命で古くなった木の差し替え用に苗木の提供を行うことで生産の安定化を図り、また長期的視点では、産地の土壌に適合し、気候変動に対応した耐病性の高い新品種に加え、耐病性の高い肥料の開発も行われており、今後世界広域での展開が期待されます。

コーヒーは栽培地域の気候や土壌によって、地域特有のテロワールの影響をダイレクトに受ける農作物である一方、収穫後、脱穀などの生産工程が多岐に渡り、複雑かつ高度な技術力を要します。その生産工程の手の掛け具合が味にも大きな影響を及ぼしますが、近年の技術革新は目覚ましく、より高品質の生豆が生産されるようになりました。新品種の多様性を広げ、業界を挙げての持続可能なコーヒー文化への取り組み、高品質の豆を生産しようと努力を惜しまない生産者のモノづくりの精神、最高の一杯を抽出すべく日々進化を遂げるバリスタの存在。コーヒーは知れば知るほどに奥深く、多くの気付きと学びがあります。豆の栽培から一杯のコーヒーが仕上がるまでに、たくさんの人の手で情熱のバトンが繋がっているコーヒー。その情熱を感じ取り、味わいと香りの向こう側にあるストーリーに想いを馳せることも、コーヒーの味覚要素の一つであり、コーヒーの醍醐味であると言えます。