[第162号] 持続可能な価値創造を担う、これからの産業観光

  観光庁は、新型コロナ前に掲げた政府目標「2030年の訪日外国人6000万人、観光消費額年間15兆円」は、継続していく意向を示しています。2019年は過去最高の3,188万人に対し、2020年は411万人へと激減しましたが、今後の予測を総合的に解釈すると、今年はビジネス往来から徐々に訪日外国人が増加していき、大阪万博開催の2025年には2019年の90%以上の回復、3000万人程度が見込まれています。そして、2030年の6000万人という目標値は過大という見方がありつつも、アジアの経済成長に加えパスポート所得率の急増によって、達成は可能との見方もあります。中国のパスポート取得率10%は、世界最高のイギリス76%を筆頭として、世界的に見ても低い取得率ですが、中国が2030年に取得率20%へと上昇した場合、取得者は3億人弱となり、海外旅行者の分母は拡大します。さらにASEANも取得の急増が見込まれており、旅行先に日本を選択する人は多いと思われ、人気観光地が許容オーバーをとなる課題は残るものの、数字上だけで勘案すれば、新型コロナ前の倍増となる6000万人の達成は、あながち不可能とは言い切れません。

 一方で、2030年の観光消費額の年間目標15兆円は、かなり高いハードルと思われます。6000万人×1人25万円=15兆円。2019年は1人約15万円の支出でしたので、さらに1人10万円分の上乗せが必要となります。2019年訪日外国人の3分の1にあたる約1000万人は中国人でしたが、中国はコロナ禍において、若い世代を中心に自国のブランドを見直す風潮「国潮(グオチャオ)」ブームが起きており、アパレル、化粧品、日用品など、中国の伝統文化を取り入れたデザインが、大きく売上を伸ばしています。さらに近年、家電や携帯電話を中心とした製造業の技術力向上は著しく、「メイド・イン・チャイナ」から「中国ブランド」へと変革しつつあり、自国製品を積極的に購入する傾向が強まっています。特に中国人における日本での消費行動として、「爆買い(モノ消費)」が社会現象となりましたが、アフターコロナでは爆買いの傾向は弱まり、旅行消費額は減少することが懸念されます。

  しかし、新型コロナ前は、すでにモノ消費から地方での文化体験「コト消費」へと移行しつつあり、今後はコト消費において、さらに高い新たな価値を付加していけば、旅行消費額を増加させることは可能でしょう。コロナ禍において余暇活動等が制限され、世界的に預貯金が急増しており、リバウンド現象によって一時的に旅行消費額が増加することも考えられますが、一人あたりの支出額を増加させる対策として、より魅力的な文化体験、食や宿泊の提供など、コト消費の高付加価値化は、今こそ官民挙げて取り組むべき課題です。コロナ禍では、国内旅行を柱とした観光戦略に注力しましたが、土日や大型連休など決まった曜日や時期に集中しやすく、平日やオフシシーズンの需要のギャップが激しいのが現状です。それらの需要を埋め、安定的な事業運営と雇用を確保するためにも訪日外国人の需要は欠かせず、今年はアフターコロナの長期的視点に立ち、受け入れ体制の準備をより一層進めていきたいものです。

 そして、「国潮(グオチャオ)」は、経済現象でありながら文化現象でもあり、単なる一過性のトレンドとして見過ごすことなく、コロナ禍の今、対策を講じる必要に迫られています。中国は世界的に見ても文化資源が豊富であり、もともと技術王国として君臨していた国。16世紀、欧州で興った中国ブーム「シノワズリー」は、その後、日本の美術工芸にも大きな影響を与えましたが、近い将来それが再来するかのような風潮を、少なからず感じています。日本製品は高付加価値でありながら類似品が多く、他社が低めに価格設定すれば、ブランド力など特定の要素がない限り、自社だけ高い価格設定にすることは難しい構造に陥っています。中国製造業の台頭により、日本企業のブランディングの重要性は一段と増しており、価格競争からの脱却は、これまで以上に着手しなければならない社会環境に変化したと言えるでしょう。

 中国を筆頭とし、アジアの経済台頭を念頭に置き、日本におけるサービスや製品の高付加価値化をさらに推進していくために、「産業観光」は、もはや日本の地場産業には欠かせないキーワードになりました。製造業、農業などの生産現場を巡る旅では、生産現場を五感で感じることによって、製品への理解度を格段に高めます。また、お客様からのダイレクトな要望は、製品の差別化にも繋がり、高付加価値な製品を適正な価格で販売する仕組みも構築できます。お客様との親和性を高めていくことはブランディングの鉄則であり、産業観光の推進こそが、地場産業を発展させる最大の戦略であると考えています。 それを実現するためには、観光事業者と非観光事業者の連携を深め、地域を面で捉えて観光客をお迎えしていく意識作り、つまり地域全体で顧客思考を持つことが求められます。今ある地域資源を掘り起こし、生産者も含めた地域交流を行い、地域への誇り「シビックプライド」の醸成は、アフターコロナに向けた地場産業の重要な施策となります。

 国連が2030年までの達成を目指す国際社会の共通目標「SDGs」は、観光においても指標とすべき課題です。地域住民や自然環境にも配慮し、住む人も旅する人も相互に潤うことを目指す「サステイナビリティ・ツーリズム」は、観光における世界共通のキーワードとなっています。もう一つの視点として、良いものを安く提供するサービスが中心の従来型の観光では持続可能性はなく、働く人にしわ寄せが生じます。高い価値を持つサービスと適正な価格で事業を進めていくことで、住む人、旅する人、そして働く人も潤い、持続可能な観光が構築できます。地場産業製品においては、高付加価値のものを長く愛着を持って使用していただくことでモノの廃棄率を低下させ、結果、環境負荷を低減させることに繋がります。そのためには、対面による丁寧な商品説明に加え、生産現場を五感で感じていただくことが大切で、産業観光の推進はSDGsの取り組みにも結びつきます。今年2022年は、全国の地場産業の方々との交流を今まで以上に増やし、「産業観光」についての理解を深めていく年にしていきたいと、心新たにしております。