[第159号] 日本酒の伝統技術に秘められた、 味覚の可能性を知る

 本日10月1日は「日本酒の日」。以前、醸造年度の始まりが10月1日であったこと(現在は7月1日)、そして、10月の十二支「酉」は酒や酒壺を意味し、また、10月は新米が収穫されて新酒が醸される月であることから、10月1日を「酒造元旦」として祝う風習が残っている酒蔵もあります。このような背景から、日本酒造中央会は1978年より、10月1日を日本酒の日として定めました。全国各地の飲食店や酒屋などにおいて様々な企画が開催されますが、今晩は日本酒の日に合わせて晩酌は日本酒で、という方も多いのではないでしょうか。10月は新酒を造り始める時期ですが、冬から春にかけて造られたお酒が熟成して飲み頃となる「ひやおろし(秋あがり)」が楽しめる時期でもあります。山の幸や海の幸などが豊富に揃い、食中酒としての日本酒が最も真価を発揮しやすい時期ですが、円熟味のある「ひやおろし」と秋の味覚の相性は抜群で、秋はまさに日本酒のシーズンです。

 日本酒は世界でも珍しく、美味しく飲める温度が5℃~55℃と、温度帯の幅広いお酒で、同じ酒が温度を変えることで風味が変わるのは、日本酒ならではの魅力です。これからの時期は燗酒の出番が増えますが、燗酒向きと言えば、純米酒と本醸造酒が挙げられます。温度を上げることでより一層、米の旨みと甘みが口の中で膨らみますが、銅器のぐい呑でも燗酒を楽しんでください。好みにもよりますが、ぬる燗(40度)から熱燗(50度)の中間である上燗(45度)辺りが適温です。銅の熱伝導の良さによる器の温もり方は、銅ならではの感覚であり、燗酒の楽しさの幅が広がります。最近、日本酒とチーズのペアリングが話題となっていますが、個人的には燗酒がお勧めです。中でもフレッシュタイプの「モッツアレラ」は、お酒の熱でチーズがとろけて、冷酒とは一味違った味覚が楽しめます。そして、究極のペアリングは、熟成酒(3年以上)の燗酒とウォッシュタイプの「エポワス」。トロリとした食感と濃厚なミルクの旨味が、極上のマリアージュを実現します。是非一度お試しください。

 日本酒は食中酒として、素晴らしい機能を発揮します。白ワインは、含有されている鉄分や亜硫酸の影響によって魚介類と反応を起こし、魚の生臭いにおいを発生させることがありますが、日本酒は鉄分や亜硫酸がほとんど含まれていないことから、あまり生臭さを感じません。また日本酒は、旨味成分であるアミノ酸が他のアルコールと比較して、非常に多く含まれていることから、魚介類の旨味成分との相乗効果によって、お互いの旨味を増幅させます。日本酒と肉料理の相性も良いのですが、特に魚介類との相性の良さは世界に誇るべきものがあります。今やペアリングは時代を象徴する重要なカテゴリーであり、日本酒の真価とは究極の食中酒の追求です。魚介類には日本酒を合わせることに特化したプロモーション活動を行い、「魚介類との最適な食中酒は日本酒である」というポジションを、世界のレストラン業界などで普及させていくことが、日本酒の世界市場拡大に繋がり、世界の名酒に通底する普遍性が構築出来るものと考えています。

 日本酒は「技術の酒」、ワインは「農業の酒」とも表現されます。ワインは原料の葡萄に由来する成分によって、味覚がほぼ形成されることに対し、日本酒の場合、原料の米や水も重要な要素ではあるものの、味覚の形成は、造り手の技術力に委ねられる割合がワインより高くなります。ワインは葡萄の価格がそのまま価格に反映されますが、日本酒は米の価格よりも、その後の醸造に掛かるコストによって価格が決まります。はっきりと区別は出来ませんが、その土壌や気候など、つまりテロワールに寄り添って葡萄栽培を極めるのがワインの醸造家、醸造の職人技を極めるのが杜氏や蔵人です。日本酒の醸造は日本古来から伝わる伝統技法であり、長年の経験と高度な職人技が要求されるため、アルコール業界では最も新規参入のハードルが高い業界と言えます。このような背景から、日本酒の文化的価値の向上や後継者育成のためにも、伝統芸能や伝統工芸の業界と同様、杜氏を対象とした「重要無形文化財保持者(人間国宝)」認定制度、酒蔵を対象とした「選択無形文化財」認定制度の確立を、国税庁と文化庁の連携によって実施されることが望まれます。

 ワインにおけるテロワールの要素はラベルに開示されており、その因果関係は比較的分かりやすく、消費者はその因果関係を読み解いて購入します。それを最も分かりやすく伝えているのがフランス・ブルゴーニュであり、ビンテージ・村名・生産者・畑の位置など、その表示内容と因果関係が細部に渡るほど、高品質な葡萄が使用されます。一方、日本酒の因果関係はテロワールだけとは言い切れず、味覚の決め手は、最終的に酒蔵の醸造に対する思想や醸造技術に左右されることから、日本酒の特性を決める因果関係はワインよりも複雑です。それ故に、日本酒は対面販売が重要であり、消費者は醸造への想いをしっかりと理解することが必要です。同じ酒米を使用しても、造り手によって味覚が大きく変わるのが日本酒の魅力。そこには、長年培われてきた酒蔵の文化、哲学が内包されており、そのものづくりの想いを知ってこそ、初めて日本酒の味覚が正しく伝わるものです。約2000年前から日本に伝わる伝統「技術」である日本酒。その技術力を味覚として味わう文化を、私たち日本人がしっかりと継承していきたいものです。