[第158号] 景徳鎮が宿す、産地と歴史に磨かれた用の美

 世界最大の工芸産地、中国・景徳鎮。世界の磁器発祥の地、また、磁器の聖地として、古くからその存在が知られています。景徳鎮の人口は約160万人ですが、市街地人口約50万人のうち約10万人が磁器産業に携わる、世界でも群を抜いたものづくりの街です。江西省の人口数5番目の都市で、最寄りの大都市は上海や杭州などが挙げられますが、東は浙江省と福建省、南は広東省という、中国茶栽培が盛んな産地に隣接しており、中国茶文化と共に発展してきた茶器の産地。特に茶杯(湯呑)の美しさと機能性は世界中の茶人を魅了し、中国茶の愛好家にとっては必須のアイテムです。景徳鎮における製造品目は、茶器・食器・花器などの工芸品のみならず、タイルなどの建築部材、洗面台などの日用品、紹興酒の瓶など、幅広い業種に対応しており、海外企業からのOEMも盛んに行われています。

 景徳鎮の磁器製造は約1900年前の後漢時代から始まり、景徳年間(1004〜 1007)に入ると、「景徳鎮窯」と称して国を挙げて磁器の製造が行われます。この景徳鎮の磁器は、1600年代、東は韓国を経て日本へ、西はシルクロードを経て欧州へと渡りましたが、青と白を基調とした宝石のような輝きは「東洋の神秘」として迎えられ、人々を魅了。競い合うように購入されましたが、次第に欧州の生活様式に中国美術を積極的に取り入れる風習も生まれ、中国ブーム「シノワズリー(中国趣味)」が興ります。さらに、景徳鎮のような磁器を自国でも生産しようと、日本や欧州でも磁器製造が開始され、伊万里(佐賀)、マイセン(ドイツ)などの磁器産地も誕生。佐賀では古伊万里・柿右衛門・色鍋島など、景徳鎮の流れを汲んだ新たな様式も生まれました。また、景徳鎮の洗練された製品は、伝統工芸の他素材の職人たちにも大きな影響を与え、その美意識は、私たち今の日本の工芸職人にも受け継がれています。

 陶磁器のことを英語で「China」、もしくは「 China  ware」と呼びますが、これは磁器の総本山という言うべき、景徳鎮製の磁器に由来します。その後も景徳鎮は磁器産地として海外博覧会などでも名声を馳せましたが、1949年、中華人民共和国の建国によって大きな転換期を迎えます。経済成長を促進すべく、国策として地場産業の機械化・工場化の推進が掲げられたことから、景徳鎮では全ての磁器工房の営業停止が命じられ、私財は没収されました。職人たちは機械化大量生産型の大規模な国営磁器工場で働くことになり、熟練の技術は一旦途切れることに。しかし、この雇用制度は景徳鎮には馴染まず、1978年、鄧小平によって市場経済が導入されると、職人たちが再生の道を歩み出し、磁器工房が復活し始めます。次第に経済成長著しい香港やシンガポールなど、中華圏の海外商社より高級茶器の要望が高まったことから、その需要に応えるべく独立開業者が急増。2000年には工房数約2500軒に達し、現在は5000軒を超えたとされています。

 中国では、北京や西安など24都市が文化遺産保護対象都市に指定されていますが、景徳鎮は唯一、伝統工芸を礎とした文化遺産保護対象都市です。そのような背景から、景徳鎮は磁器に関する大学、専門学校、研究機関などが充実しており、国立・景徳鎮陶瓷大学は学生数4万人の総合大学ですが、中でも美術学部は磁器教育機関の最高峰として、業界では有名な存在。工芸の道を志す学生が競い合う難関として知られ、景徳鎮の磁器産業の人材育成に大きく寄与しています。景徳鎮の技術は今も世界最高水準ですが、富裕層向けと大衆向けの生産二極化は顕著になっています。お茶愛好家の高級品需要を満たすべく、職人技を極める動きがある一方、近年は、大量生産向けで格安の台湾土を使用した廉価版が広く普及しています。景徳鎮周辺の粘土と台湾土を使用した製品では、見比べると雲泥の差はありますが、ネット画像では見分けが付かないこともあり、購入の際は、専門店にて現物を確認してのご購入をお勧めします。

 この磁器の素材である粘土(純白の鉱石)は、世界共通語で「カオリン」と呼ばれていますが、景徳鎮近郊の高嶺(カオリン)山が名称の由来です。高嶺山は既に枯渇状態となっているため、現在は周辺地域から素材を入手していますが、景徳鎮の磁器は薄く丈夫で、白く透き通るような磁器に仕上がることから、玉のような白さ、鏡のような明るさ、紙のような薄さ、磬のような音色などと表現されます。景徳鎮の茶杯で飲む中国茶は、まさに極上の組み合わせ。一服のお茶が持つ豊かな世界観を大切にしてきた中国人の感性が宿っており、個人的には、茶成分が凝縮されたビンテージ物の普洱茶との相性が一番良いと感じています。中国人の茶の趣味嗜好に合わせ、その時代に適応した磁器の製作技術が2000年近くにも渡り、連綿と受け継がれてきた景徳鎮。その歴史背景を学び、実際に景徳鎮の磁器を使用することは、工芸の持つ奥深さや神秘さなどを、あらためて認識する機会となります。