[第157号] 水を知り、嗜好を深める

 水1リットルに含まれるカルシウムとマグネシウムの量を「硬度」と言い、その成分量によって「軟水」「硬水」に分類され、単位は「mg」が使用されます。世界保健機関(WHO)の基準では、1リットル中120mg以下は「軟水」、120mg以上は「硬水」と区分され、日本は平均約50のため軟水に区分されます。中華圏では上海100、台北35、香港40など、沿岸部は軟水の傾向にあるものの内陸部ほど硬水となり、米国もニューヨーク30、サンフランシスコ55などの沿岸部は軟水、内陸部は硬水の傾向にあります。一方、欧州ではミラノ270、パリ280、ミュンヘン300など、おおむね硬水の傾向にありますが、地域によって20以下の超軟水、1000以上の超硬水など、著しい数値差も見られます。この水質の違いには地質が関係しており、つまり目の粗い火山岩地層に雨水が短期間で染み込み地下水脈に達するのが軟水、カルシウムやマグネシウムを多く含む目の細かい石灰岩地質に長期間に渡って染み込むのが硬水となります。

 その水の影響を受けやすい飲み物として、お茶やコーヒーが挙げられます。お茶は基本的に軟水との相性が良く、緑茶や紅茶などに適した硬度は30〜80とされ、古くから軟水の地域でお茶の文化が発展してきた傾向が見られます。世界のお茶消費の80%が紅茶ですが、その紅茶の文化を世界的に広めた島国の英国は、欧州では珍しく軟水の国。この軟水が紅茶普及の要因となり、さらには軟水を活かしたスコッチも名産となりました。しかしながら、ロンドン周辺地域は硬度200の硬水のため、ロンドンのスーパーやティーショップで販売されている紅茶は、硬水対応ブレンドの紅茶が中心です。フランスやドイツなどで販売されている紅茶も、多くは硬水対応にブレンドされています。なお、ミルクティーは硬水が適しており、ロンドンを中心に欧州では、ミルクティーを楽しむ文化が今に継承されています。特にアッサムのようなコクが強く芳醇な香りの茶葉を使用すれば、極上のミルクティーに仕上がります。

 コーヒーは焙煎の度合いによって、軟水と硬水の使い分けをします。コーヒー豆は、サクランボに似た赤色のフルーツの種「コーヒーチェリー」であり、コーヒーはフルーツであるとの観点から、日本や中華圏では豆(果実)本来のフルーティーで華やかな酸味を楽しむ「浅煎り」、もしくは酸味と苦味のバランスを楽しむ「中煎り」を好む傾向にあり、その場合は軟水が適しています。一方、フレンチロースト以上の強い深煎りやエスプレッソの場合、苦味のエッジが鋭さを増す硬水が適しており、硬水の欧州ではエスプレッソのようにコクと苦味を楽しむコーヒー文化が発展しました。また、それはコーヒー道具にも現れており、日本や中華圏ではコーヒーポットやドリップポットを使用し、じっくりと時間をかけながら抽出することで豆の素材力を引き出します。一方、欧州では高い圧力で一気に抽出することによって苦味を凝縮させる、エスプレッソマシンの使用が主流です。

 日本における軟水は地域差があり、関東と九州は比較的高め(50以上)、その他の地域は低め(50以下)の傾向にあります。また、浄水場によっては局地的に硬度120を超えることもあり、その場合、お茶やコーヒーの味覚に少なからず影響が出ているものと思われます。各市町村の硬度は公表されており、一度確認することをお勧めいたします。水道水の注意点としてカルキ臭が挙げられ、飲み物に与える影響が強いため、完全に沸騰させる必要があります。さらに、湯沸で一晩水を汲み置きすればより効果的ですが、それは日本茶や中国茶などに当てはまることであり、紅茶は例外です。紅茶は水に酸素を含ませることで生じる「ジャンピング」によって香りが最大限に抽出されるため、酸素を失う水の汲み置きは不向きです。さらにミネラルウォーター、朝一番の水道水、電気ポットでのお湯の保管、2度目の沸騰も、酸素を失うため不向きとなります。酸素をたっぷりと含ませるためには、水道水の水を溢れんばかりに勢い良く湯沸に入れ、沸騰したお湯を高い位置からティーポットへ流し込むこと。これが紅茶の淹れ方のポイントです。

 ミネラルウォーターの場合、硬度ゼロ〜2000近いものまで幅広く、購入の際は硬度を確認する必要があります。国産のほとんどは軟水ですので特に問題ありませんが、最近人気の軟度ゼロやゼロに近い超軟水に関してはミネラル分が極端に不足しており、お茶やコーヒーには不向きです。注意すべきは外国産で、硬度60「ボルヴィック」などの例外はありますが、多くは硬水であり、硬度1000以上の水の使用は味覚が大きく崩れます。硬水を使用する際は硬度200〜300程度が適しており、エスプレッソマシンの場合、硬度が高すぎると石灰分が蓄積して故障の原因にも繋がります。お茶やコーヒーは、正しい道具の選択と淹れ方によってより味や香りが引き立ちますが、その前に、水を上手に選択してみてはいかがでしょうか。個々の味覚は様々ですが、水の硬度による特性を知り、飲み物への影響を踏まえて自分に合う水を使用すれば、毎日のお茶やコーヒーの味わいに奥行きが出て、より味覚の楽しみが広がることでしょう。