[第154号] ティーペアリングで新たな味わいの体験を

 童謡「茶摘み」でも歌われているように、立春から数え八十八日目(八十八夜)の頃に新茶の茶摘みが行われますが、今年の八十八夜は、本日5月1日。これからまさに日本茶の旬を迎えようとしています。日本ではその年初めて収穫されたものを口にすると病気をせず長生き出来るとされますが、八十八夜の頃に摘まれた新茶も、飲むと1年間無病息災になるとの言い伝えがあります。お茶農家の方曰く、新茶を摘むタイミングは難しいとのことで、発芽が短いと旨味成分であるテアニン(アミノ酸)の含有量が少なく、逆に伸び過ぎても含有量が少なくなるため、発芽状態と天候を見極めて一気に収穫しますが、八十八夜の頃が目安とされます。前年の収穫を終えた茶樹は、冬季の休養によってたっぷりと養分を蓄えているため栄養価も高く、テアニンの含有量が高いことから、鮮度の良い香りと共に旨味も強調されるのが新茶の特色です。

 緑茶は年に何度も新しい芽を出し、3~4回収穫出来る生命力の強い茶樹です。一番茶である新茶にはテアニンが最も多く含まれますが、二番茶・三番茶になるにつれテアニン量は減少します。しかし逆に渋み成分であるカテキンの量が増えるため、夏〜秋に摘まれた緑茶は渋みが強調される味わい深いお茶に仕上がります。新茶の淹れ方は、茶葉を通常の1.2〜1.5倍ほど多めに使用し、鮮度の良い香りを引き出すやや熱めのお湯(80〜90度)を使用することが一般的に奨励されています。新茶の楽しみ方は様々で、私の好みは、テアニンを十分に抽出する55〜60度のぬるま湯の使用です。抽出時間は3分以上、じっくり淹れることで旨味を最大限に引き出し、まろやかに仕上げます。このように、香りを優先するか、旨味を優先するかによって淹れ方は異なり、一番茶であるがゆえに様々な楽しみ方が出来ることも、新茶ならではの魅力です。

 新茶の時期は、料理とお茶のペアリングを味わうティーペアリングが、最も楽しめる時期です。日本茶をベースとし、様々なお茶の旨味と料理の旨味を融合させた新たな茶文化で、和食やフレンチを中心に、全国的にティーペアリングを行うレストランが増えています。ノンアルコールのカクテルやワインなどの場合、甘みのみが強調される傾向にあり、ペアリング出来る料理は限定されますが、日本茶の場合、多種多彩な茶葉や、その抽出方法によっても味覚の表現が広がることから、ペアリング出来る料理は無限大です。さらに日本茶は世界的にも珍しく蒸す製法であり、旨味成分を最も抽出しやすいことから、料理の旨味を引き出すお茶として最適です。以前ティーペアリングは、どちらかというとアルコールを飲めない方が楽しむものでしたが、今では純粋にティーペアリングそのものを楽しむようになり、今後成長の見込める分野です。日本茶の新たなスタイルを確立することで、国内外での日本茶の需要喚起も期待出来ます。

 ティーペアリングは、ご家庭でも気軽に応用できます。よく知られている例として、緑茶と鰹出汁のペアリングがあります。緑茶と鰹出汁の旨味成分の相乗効果は科学的に実証されており、煮物やお浸しなどの他、麺汁との相性も抜群で、特に新茶が効力を発揮します。スパイシーなカレー風味の料理とも相性が良く、新茶よりもカテキンの渋みが強い二・三番茶、もしくは深蒸し茶の方が相性は良くなり、夏場は「水出し」にすることで、スパイスが爽やかに感じられます。ほうじ茶は旨味成分が少ないものの、独特の香ばしい香りと甘みが特徴のため、肉料理などが合わせやすく、私のお勧めは餃子とほうじ茶のペアリングです。ほうじ茶の香りと甘みが、餃子の肉汁と脂の旨味に厚みと奥行きをもたらし、可能であればほうじ茶炒り器でほうじ茶を炒るとさらに効果的です。夕食で緑茶を楽しむ場合、寝る前のカフェインが気になるという方は、60度を超えるとカフェインの抽出量が増えるため、60度以内のぬるま湯で抽出時間を長くします。さらに、水出しにすればノンカフェインとなり、寝る前でも安心してペアリングが楽しめます。

 世界のお茶生産量の約6割が紅茶、約3割が緑茶です。世界の緑茶生産の約80%は中国ですが、中国の経済成長に伴い緑茶生産量は10年間で倍増し、中国のお茶生産の約6割が緑茶です。一方、日本はここ20年間でお茶農家が半減し、生産量も減少傾向にあり、廃業後の耕作放棄地は社会問題にもなっています。日本と中国の緑茶の製法は異なり、日本は「旨味」を引き出す「蒸す」製法に対し、中国は「香り」を引き出す「炒める」製法を採用しており、同じ緑茶でありながら、お茶の色合いや味覚は異なります。日本酒は「食中酒」としてのペアリングに日本酒市場の可能性があるように、日本茶も「食中茶」としてのペアリングに日本茶市場の可能性があります。日本独自の「蒸す」ことによる「旨味」を生かした市場開拓が、今後の日本茶の将来を大きく左右するものと考えています。ティーペアリングの楽しみを、菓子のみならず料理にも広げ、料理の旨味を引き出す日本茶の可能性をまずは日本人が理解し、楽しみ方を共有していくことが、日本茶文化の継承と発展に繋がっていくことでしょう。いよいよ新茶のシーズンです。皆様も是非、ご家庭で日本茶と料理のペアリングを楽しんでみてはいかがでしょうか。