[第153号] 脱炭素化社会と金属素材の持続可能性を考える

 13世紀、マルコ・ポーロが東方見聞録の中で、「黄金の国ジパング」と称するほど鉱業資源に恵まれた日本。江戸時代に入ると徳川幕府は、鉱業王国を構築すべく日本各地で積極的に鉱山開発を推進、世界有数の金銀銅の産出国としての基盤を築き、それは徳川幕府の財政を支える一役を担いました。しかしながら、江戸時代の過度な鉱山開発は金銀銅の枯渇を招き、さらに戦後、円高による価格競争力の低下や日本の人件費の高さも要因となり、日本の鉱山はほぼ全てが閉鉱となりました。現在は、1980年代に発見された菱刈鉱山(鹿児島県)から金が産出されているものの、日本における銀と銅の入手は輸入で賄っています。しかし日本の閉鉱の一方で、世界各国は国家プロジェクトとしての鉱山開発が急激に進んでいます。近年は新興国の経済成長による金銀銅の需要に対応すべく鉱山開発が進んでおり、特に中国はその動きが顕著で、2400以上の鉱山が稼働する鉱山王国へと変貌を遂げています。

 世界の金銀銅の産出国トップ3(構成比)は次の通りです。「金」①中国12%・②豪州10%・③ロシア9%。「銀」①メキシコ23%・②ペルー15%・③中国8%。「銅」①チリ28%・②ペルー12%・③中国8%。今から100年前の1920年、銅の世界産出量は約100万トンでしたが、1960年=約500万トン、2000年=約1300万トン、2020年=約2800万トンと、経済成長による需要増加に伴い、産出量は急激に増加しています。銅の初産出は紀元前7000年頃とされていますが、世界の銅産出の95%は工業化が一気に進んだ1900年以降に産出したものであり、ここ100年余りの産出量は異常な状態と言わざるを得ません。金銀銅は、古来より装飾品や日用生活道具として重宝された金属ですが、現在は主に工業用として多種多様な分野で使用され、特に近年はパソコンや携帯電話の発達が、金銀銅の使用増加に拍車を掛けています。例えばパソコン1台には、金約0.3g、銀約0.8g、銅約80gが含まれており、この銅80gは、10円玉約18枚分に相当する量となります。携帯電話では金0.05g、銀0.3g、銅15gが含まれ、1台で10円玉約3枚分に相当する銅が使用されているのです。

 このように世界経済が急速に発展した結果、金銀銅の枯渇のタイムリミットが迫っています。現在稼働中の鉱山における産出に限界が見えている中、新規鉱山の開発には不便な高地やへき地へと移動せざるを得ず、鉱山の発見は減少しています。さらに、鉱山を発見しても、開発に伴う排煙や鉱毒ガスなどの有害物質が問題となり、周辺環境に著しい悪影響を与えることから、環境基準の高まりにより、鉱山の新規開拓も限界に近づきつつあります。10年前、2010年の段階での枯渇予想年数は、金=20年後、銀=19年後、銅=35年後とされていました。その後、想定を上廻る新規鉱山の開拓もあって、昨年2020年時点での枯渇予想年数は、金=14年後、銀=18年後、銅=35年後と、やや持ち直しています。ただ、専門家の見解を総合的に解釈すると、今後の枯渇予想年数は予想通りになると思われ、仮に若干年数が伸びたとしても、金銀銅の産出は近い将来、全滅することになります。

 今、世界経済が目指す「脱炭素化社会」。温室効果ガスを大幅に削減出来る半面、金銀銅をはじめ多種類の金属を、今まで以上に大量消費する社会となります。一例を挙げると、電気自動車はガソリン車の3倍以上の銅線が使用され、太陽光発電には大量の銀が使用されています。国連での議論や報道のあり方として「脱炭素化社会」のメリットだけが先行していますが、その副作用である金属大量使用による枯渇の加速に関してはほとんど話題になっていません。このまま脱炭素社会が浸透すると、貴重な金属資源を必要なだけ無制限に使用する社会風潮が生まれてしまいます。発展途上国の経済成長によって金銀銅の需要が大幅に増加し、現在77億人の世界人口は、2050年には100億人時代へ突入。そこに「脱炭素化社会」の到来で、金銀銅の需要と供給のバランスは大きく崩れ、枯渇はいよいよ現実味を帯びてきます。

 鉱山開発に限界が見えてきた今、金銀銅の枯渇年数を少しでも抑える方策として金属リサイクルが挙げられます。金銀銅を大量に使用する自動車のリサイクル率は100%に近いものの、家電製品の多くは焼却・埋め立て処分されており、リサイクル率は20%以下となっています。家電製品は「都市鉱山」とも言われており、世界的な金属回収システムの構築は喫緊の課題です。そして、金属枯渇は金銀銅だけではありません。錫=25年後、亜鉛=23年後など、多くの金属は枯渇年数100年を切っています。これらの金属が枯渇した後は、埋蔵されている他の金属などで賄うことになりますが、総じて電導性や伸展性などに乏しいのが現状です。国連が掲げるSDGsの取り組みとして、脱炭素社会は主軸となる考え方ですが、副作用としてもたらされる金属の大量消費社会に対して、今後どのように向き合うのか。そこにも焦点を当てて、「脱炭素化社会」の全体像を考えるべきであると思っています。