[第149号] 有形文化財の進化に、新たな経営的発想を

 パラドール(Parador)は、スペイン全土に93カ所展開している国営のホテルチェーンのことで、世界遺産クラスの宮殿・古城・修道院など、スペイン国内の歴史的建造物をリノベーションさせた宿泊施設です。日本の大手旅行会社においてもパラドール宿泊は定番企画であり、日本人にも人気の高い観光コースとなっています。1928年、パラドールの一号店が開業し、1960年代以降、スペイン全土に広まり、1991年からは国が全株を保有する株式会社へと移行しました。マドリードやバルセロナなどの主要都市よりも、地方都市を中心に運営されており、地域活性化に大きな役割を果たしています。観光立国であるスペイン政府が投資しているだけあって、観光面での国策が色濃く反映され、パラドール事業のあり方は、世界の観光業界からも注目されています。

 パラドールは、建造物外観や庭などは当時の状態を維持しつつ、建造物内部は文化財の趣を生かしながらリノベーションされており、また、その土地ならではの食材を活かした郷土料理も人気で、その多くは4つ星、もしくは5つ星評価を受けています。パラドールの最大の特徴は、高級ホテルとして高付加価値のサービスを展開し、高い利益率を確保した上で、その利益を建造物の維持管理費に充てていることです。通常、国指定の文化財には維持管理費に多額の国税が使用されていますが、ホテルとして商業利用することにより税負担が軽減するだけでなく、地方都市における経済効果、雇用創出の面でも好影響を与えています。

 今年7月、日本でもパラドールを参考事例とし、日本で初めてお城を宿泊施設とする「城泊(しろはく)=キャッスルステイ」が、官民連携で2か所開業しました。長崎県平戸市と株式会社百戦錬磨は、平戸城を宿泊施設にリノベーション。そして、愛媛県大洲市と株式会社バリューマネジメントは、大洲城を宿泊施設として活用。大洲城はリノベーションは行わず、天守閣1階を寝室として利用します。両施設共、現在は試運転の段階ですが、この2つの官民連携の「城泊」事例をモデルケースとし、観光庁では全国での城泊事業を奨励しています。城は日本が誇る文化遺産であり、日本人のみならず外国人にとっても大変魅力的な観光資源。この城泊が、アフターコロナにおける新時代の宿文化として定着していくことを期待したいものです。

 城泊の他にも、重要有形文化財を宿泊施設として活かす事業は、今年が「元年」とも言える程、事例が続出しています。今年11月、株式会社星野リゾートは、国の重要有形文化財「旧奈良監獄(奈良市)」を宿泊施設としてリノベーションさせ、2024年の開業を発表しました。明治政府が建築した日本五大監獄の一つであり、国の重要有形文化財の宿泊施設は、東京駅「東京ステーションホテル」をはじめ、この度が全国で4事例目となります。また、今年10月には、前述の株式会社バリューマメジメントが、兵庫県の重要有形文化財「大庄屋・三木家住宅(福崎町)」を宿泊施設として開業。都道府県の重要有形文化財を宿泊施設として開業させる試みは全国初となりますが、このような動きは、今後さらに活発化していくことでしょう。

 有形文化財(建造物)には、国、都道府県、市町村、民間登録の4つがありますが、その多くは、維持管理費の継続的な負担が懸念事項となっており、さらには、将来的な建造物の維持は困難というケースも見受けられます。これらを解決する手法として、民間企業が維持管理費や修復費用を負担する代わりに商業利用するというあり方は、有形文化財の新たな方向性になっていくものと思います。歴史的な価値を経済的な価値に変えていく発想の転換は、もはや必要不可欠な時代。特に地方都市では、人口減少や新型コロナの影響もあって、財政力は縮小傾向にあり、年々老朽化の進む有形文化財の維持管理費として、今までのような予算編成は困難になっていくことが予想されます。有形文化財は維持するのではなく、より進化させていく時代です。「観る文化財から体験する文化財」へと、経営の力で文化財に輝きを与えていくことが、文化財の有意義な利用と継承の道を開くと考えます。