[第148号] 地場産業への関心を高める VR(仮想現実)AR(拡張現実)

 VR(Virtual Reality=仮想現実)とは、人工的に作られた仮想空間の中に、自分が実際に入り込んだかのような体験が出来る技術です。これによって、現実世界では有り得ない体験が出来たり、物理的制限がないことから様々なシミュレーションが可能となります。これに対しAR(Augmented Reality=拡張現実)は、現実の風景に仮想の事物を同時に投影する技術のことで、仮想の人物を作成すれば、現実の風景の中に、あたかも仮想の人物が実在しているかのように見えます。このようにVR/ARを活用することによって、非現実の世界を限りなくリアルな状況を作り出す「ニアリアル」の世界を構築することが可能となるため、今、様々な業界で試験的な運用が行われています。

 先月、東京国立博物館にて開催の「国宝『聖徳太子絵伝』ARでたどる聖徳太子の生涯」は、日本初となる文化財とARを融合させた展覧会として話題となりました。約1000年前の作品のため、損傷によってボヤけた聖徳太子の表情を5Gの技術を活かし、当時の新作同様の鮮明な表情を再現。さらにARを活かして聖徳太子が実際に動き出すなど、文化財の新たな出会いと楽しみ方を提案しました。また2018年には、同じく東京国立博物館にて、尾形光琳「風神雷神図のウラ」と題したVRの展覧会を開催。風神雷神図の屏風の裏面に描かれている「夏秋草図」をVR活用し、表面の「風神雷神図」と組み合わせて表裏一体の作品として再現させましたが、その奇跡の融合と作品の美しさは見事の一言です。この2つの展覧会は文化財活用のあり方に一石を投じ、新時代の展覧会の可能性を予感させるものでした。

 製造業においてもVR/ARを活用した新たな取組が進んでおり、規模の大小を問わず、業界において必須となる時代が到来することでしょう。経験の浅い作業者は、座学以上に実戦経験が求められますが、こうした言わば「習うより慣れろ」の訓練に最適なのがVR/ARであり、作業手順や機械操作などを学ぶトレーニングが効果的に実践出来、さらに、事前に危険な状況を仮想体験することによって、労災の低減にも活かされます。また、ARを活かし、製品の3Dモデルを現実世界の空間に表示することで、高価なモックアップの作成コストを抑えるなど、大手メーカーを中心に様々な事例が紹介されるようになりました。VR/ARは大きなコストが掛かるだけに高いハードルがあるものの、製造業の業務を変革させる要素が非常に大きいだけに、一般的な普及は、そう遠い将来ではないと考えています。

 大手メーカーでは、オンライン上で工場見学が体験できる「VR/AR工場見学」の運用が徐々に広がりつつあります。自宅に居ながらにして、3Dビュー映像で工場見学の疑似体験が出来、さらにゴーグルを装着すれば、より臨場感溢れる工場見学が可能となり、VR/AR工場見学は大きな進化を遂げています。地場産業の町工場においてもVR/AR工場見学の運用が始まり、まだ手探り状態ではあるものの、今後の将来像を描くと、例えば刃物メーカーであれば、刃物を叩く振動が実際にゴーグルへ伝わったり、焼き入れの作業の際は、ゴーグルの温度が上がるなど、より五感を刺激するバーチャル体験が期待出来ます。また、その工房における明治・大正時代の職人の作業風景や、当時の工房周辺の街並みをVR/ARで再現すれば、その地域や工房の文化背景をより深く認識することが出来るでしょう。

 VR/AR工場見学は、リアルの工場見学を代替するためのツールではなく、あくまでリアルの工場見学をより充実させるための手段であり、未見学の方には「次はこの目で実際に見てみたい」、見学済みの方には「新しい発見があり、再びこの目で確かめたい」という欲求を高めることが期待出来ます。このように、リアル体験(フィジカル)とデジタル体験の融合を「フィジタル体験(フィジカル+デジタル)」と呼び、メーカーと顧客との新たなコミュニケーションツールとしての活用が、工場見学の新たな潮流になっていくことでしょう。「ニアリアル」を実現させるVR/ARは、今後の地場産業活性化に大きく寄与していくものと考えており、VR/ARで得られる顧客との親和性に新たな可能性を見出し、コロナ禍だからこその新たな体験価値を構築していきたいものです。