[第146号] レスポンシブル・ツーリズムを新たな観光ビジョンに

 新型コロナの世界的感染拡大により、旅行を目的とした国境を越える移動は完全に凍結され、日本もインバウンド客は一気に消えてしまいました。そのインバウンドを支えたのが中国人であり、昨年2019年のインバウンド客数3200万人のうち、約1000万人が中国人と大きなシェアを占め、日本の観光業に多大な影響を与えました。中国は約14億人と世界最大の人口を有していますが、パスポート保有率は世界主要国と比較すると圧倒的に低く、わずか5%です。日本24%、アメリカ42%、イギリス76%など、G7における保有率は日本が最低であることを考えると、中国はかなり低い数値と言えます。ただ、中国は5%と言えど約7000万人が保有していることになり、5%でも日本が「オーバーツーリズム」になるほどのインパクトを与えました。

 今後、中国においては中産階級の増加、国際教育の強化などの影響によって、若年層を中心にパスポート保有者はさらなる増加が見込まれ、保有率10%=約1億4000万人は時間の問題とされています。これは中国だけではなく、人口増加と経済成長著しいASEANでも同様のことが言え、シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイを中心に若年層のパスポート所有者が増加し、新型コロナ収束後、日本の観光に大きな影響を与える存在になっていくことでしょう。「清潔な国」として人気のある日本は、新型コロナ収束後に最も訪問したい国の中でもダントツの第1位です。収束した場合、段階的にインバウンド客数が回復していくものと思いますが、パスポート保有の増加状況を考慮すると、将来的には人気観光地において、昨年までのような地域が耐えられる以上の観光客が押し寄せる「オーバーツーリズム」になる可能性も否定出来ません。

 しかしながら、コロナ禍が世界的に収束しても、感染拡大のリスクは依然として残るため、人の移動には制約が付加されることになると思いますが、収束後の反動やアジア圏の若年層のパスポート取得増加を見据え、このコロナ禍において、新しい観光の指針を打ち出す必要性があります。アフターコロナの観光に求められるあり方として、「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」という考え方が広がりつつあります。旅行者が主体性や責任意識を持って行動する旅行の意であり、旅行者に対して地域の文化を理解していただき、その上で地域を尊重した行動を求めていく旅行のあり方です。地域側からの観点を端的に言えば、「旅行者は誰でも大歓迎」という発想から、「地域側が旅行者を選んでいく」という発想へ切り替えていきます。

 アフターコロナの観光は、量よりも質を求めていくべきであり、不特定多数の団体ではなく、目的意識の高い個人への対応を考慮した観光のあり方が求められます。個々人の趣向に合わせた地域での過ごし方に焦点が集まり、観光客と地域とのより親密な関係作り、おもてなしの心、いわば「観光力=人間力」という考え方で、一度の訪問ではなく、その訪問から今後の長い関係性へと繋げていくことが重要となります。そうなると、観光のあり方はますます地域が一体となって取り組むべきものになっていきます。個々の観光施設やスポットだけの視点で観光を捉えるのではなく、地域全体が「顧客思考」を持ち、地域を面で捉えて観光客をお迎えしていく意識作りも、このコロナ禍で醸成していきたいものです。

 この「レスポンシブル・ツーリズム」を浸透させていくために、今話題の「マイクロ・ツーリズム(近隣観光)」は絶好の機会です。灯台下暗し、身近であるがゆえに、かえって行ったことの無かった地元の観光地を訪れる「地域再発見の旅」を、このコロナ禍で楽しみたいものです。地元に素晴らしい観光資源があることに気付くことによって地域にプライドを持ち、「観光力=人間力」にも繋がっていきます。地域資源の掘り起こしは、今まで脚光を浴びてこなかった場所を巡る「アンダーツーリズム(未開拓地の観光)」の需要の掘り起こしにもなり、旅先の分散化にも繋がります。新型コロナ前、急激なインバウンド客の増加によって、人気観光地はオーバーツーリズム状態となり、低い生産性、地域振興との乖離といった問題が次々と表面化していきました。日本の観光が持続性を持つために、今一度、観光の原点に立ち返り、コロナ収束後の新たなビジョンを立ち上げる時だと考えます。