[第144号] 未来に繋がる、伝統工芸に秘められた可能性

 伝統工芸業界は新型コロナの影響によって、極めて深刻な状況に陥っています。5月、伝統工芸の企画販売会社が、新型コロナによる影響のアンケートを実施し、全国の伝統工芸367事業者が回答したところ、年内に廃業を検討している事業者が約40%という、衝撃的な集計結果が出ました。全国の主要地方新聞でもこの記事が一斉配信され、新潟では新潟日報社に掲載されましたが、記事を見た方は一様に驚かれたのではないでしょうか。1990年代、バブル後の10年間で、職人数は約20万人から約10万人へと半減し、産業規模は半分にまで縮小しましたが、この度の新型コロナの影響による産業の縮小スピードは、もはやその比ではありません。長年に渡り受け継がれ、日本の文化を形成してきた伝統技術が、わずか半年足らずで次々と途絶えてしまう可能性があり、今、伝統工芸は有史以来、最大の危機を迎えています。

 上記のアンケートは、主にSNSの発信でアンケート調査を呼びかけ、回答はネットで実施されたため、ネット環境が整っていない高齢の事業者には、アンケートの情報が届いていないと思われ、実際にはさらに多くの事業者が、年内の廃業を検討している可能性も考えられます。伝統工芸業界は、従業員5名以下の事業所が80%以上を占めており、その多くが1名のみの個人事業主。そして、職人60歳以上が約70%と、高齢化に歯止めが掛かっておらず、後継者がいない、もしくは事業継承を考えていない事業者が約70%存在し、技術継承の問題は深刻です。また、年々経営状況が悪化している事業者が多く、それに伴って職人の年収も低下。職人の約40%が年収100万円以下というデータもあり、もはや、学生のアルバイト程度の収入で細々と事業を行っているのが、今の伝統工芸の現状なのです。

 伝統工芸の世界は基本的には分業制で、製品として完成するまで多くの工程に分かれており、その一つ一つに専門の職人が存在します。例えば漆器業界の場合、大きく分けると木地師・塗師・蒔絵師が居り、その前段階には、漆を採取する漆掻き職人、さらには作業道具を作る職人もいます。したがって伝統工芸品は、素材加工をする川上から、製品を仕上げる川下まで、全てが一つに繋がっている運命共同体として構成されており、一つの事業所が廃業すると、製品化できないリスクも併せ持っています。また、産地問屋が流通に根付いている業界でもあり、そこからさらに複数の商社や小売業へ渡るため、素材の段階から小売店で製品がお客様の手に渡るまで、多くの事業所を経由することになります。この産業構造ではお客様の声が職人へ届きにくく、情報が分断され、時代のニーズを取り込むことは困難です。

 伝統工芸業界の根本的な問題点として挙げられるのが、価格が安過ぎることです。産地問屋や小売業者は、職人からの賃上げの要求に易々とは応じないことが多く、数十年間、工場出荷価格が変わっていないケースも珍しくありません。そのため、職人は低収入を余儀なくされ、将来の不安から後継者を作ろうとせず、結果、業界の産業規模の縮小に繋がっています。今後、業界を発展させていくためには、産地内の構造改革は喫緊の課題です。メーカー同士、さらには産地問屋も加わり、産地間のM&Aを積極的に推進させ、製販一貫体制で事業経営を行うことは、もはや必要不可欠の時代。全ての作業工程を一事業者で完結させ、さらに、価格決定権を持ち直販体制を構築していくことで利益率を上げ、財務体質の強化も図ります。下請けや産地問屋といった旧態依然の産地構造から脱却し、一刻も早く産地の構造改革を推進していかないと、業界の産業縮小は、より一層深刻なものとなります。

 伝統工芸業界は、先人たちが永年に渡り築き上げてきた「歴史」「文化」「技術」という日本が世界に誇れる無形の財産を保有しており、その価値は時代と共に高まっています。これは他の産業が短期間で得ることは出来ず、さらにお金では買えない価値。つまり伝統工芸業界は、他の産業にはないアドバンテージを持っているのです。その意味において、産地の構造改革を断行し、さらにブランディングの視点が入れば、伝統工芸は、最も成長できる産業の一つと言っても過言では無いでしょう。欧米のラグジュアリーブランドは、「歴史」「文化」「技術」という無形の財産を、「ブランディング」の手法を活用することで、世界中の人々が憧れるブランドに構築してきました。日本の伝統工芸は日本の長い歴史の中で様々な苦難を乗り越え、時代に応じて常に変化を繰り返しながら、今に受け継がれています。この度の新型コロナでこれまでの価値観の見直しを迫られる今、地域に根付いた歴史ある技術を、そのまま消さないために何が出来るか、共に歩み考えて行きたいと思っています。