[第137号] 泳ぐ宝石、産地の発展を担う錦鯉

 錦鯉の発祥地は、新潟県小千谷市と長岡市山古志にまたがる雪深い山間部・二十村郷(にじゅうむらごう)です。約200年前、食用種の鯉から突然変異によって斑ら模様の赤色などが発色し、その要因を突き止めながら品質改良を重ね、地場産業として発展していきました。全国デビューは大正3年、上野で開催された大正博覧会で「越後の変わり鯉」の名称で出品し、さらに昭和14年にアメリカの博覧会へ出品すると、その美しさは国内外から賞賛を受けました。戦時中には壊滅的被害を受けたものの、わずかに残された親魚をもとに復興に着手し、昭和40年代に入ると錦鯉ブームが到来。一般家庭でも広く飼育されるようになりました。近年は庭を持たない住宅事情の変化もあり、国内需要は減少しつつありますが、海外では富裕層を中心に需要は増加傾向にあり、業界は新たな時代を迎えています。

 現在、国内の養鯉業者の約60%が新潟県で、広島県と福岡県が各約5%づつと続き、新潟県は圧倒的シェアを占め、中でも小千谷・長岡地域に養鯉業者が集中しています。2016年、農林水産省は小千谷・長岡の「雪の恵みを活かした稲作・養鯉システム」を日本農業遺産の第一号として認定し、新潟県内で大きな話題となりました。錦鯉の生産は、勘と経験がモノを言う暗黙知の世界と言えますが、土壌も大きく影響し、特に雪解け水が最適と言われ、美しい錦鯉が育つかどうかは、その土地の米を食べれば分かるとも言われています。しかし、相手は自然界であり、品評会出品クラスに成長していく確率は極めて低く、数百匹の中の1匹程度。中でも最高賞クラスとなるとさらに厳選され、1匹数千万円という値が付くことも珍しくありません。

 錦鯉の国内需要は縮小傾向に歯止めがかからず、業界の目線は海外市場へ向いています。その効果は顕著に表れ、輸出額は2003年13億から2018年43億円と破竹の勢いで増加しており、今や国内生産の約70%が輸出されています。輸出先第1位は香港(12億)、次にオランダ(4億)、アメリカ(3億)と続き、アジアを中心に約40か国に輸出されていますが、1位香港の多くは中国本土へ引き渡されるため、実質第1位は中国となります。中国では、滝を登りきる鯉は竜になる「登竜門」のことわざがあるように、立身出世や商売繁盛の縁起の良い魚であり、また、中国では赤が縁起の良い色とされ、赤色の錦鯉に人気が集中しています。近年、自国文化を見直す動きが高まっている中国では、昨年2018年度流行語大賞トップ10で、「錦鯉」が何と第1位に選出され、今、空前の錦鯉ブームが興きています。

 日本政府は、農林水産物・食品の輸出額1兆円の達成を目標に掲げており、クールジャパンの有力なコンテンツの一つとして、錦鯉の海外販路拡大のさらなる推進を強化していく方針です。また、新潟の国会議員などが中心となり、錦鯉を「国魚」に指定していく動きも出始め、より一層の産業発展が期待出来ます。しかし近年、錦鯉の市場規模が700億円とも言われる巨大マーケット中国では、錦鯉ブームを受け、国を挙げて生産技術の向上やマーケティングの強化に着手。日本に比べ人件費も安く、安価で販売できることから、中国との産地間競争が激化していくものと思われます。今後、小千谷・長岡地域は、量の拡大よりも、更なる質の向上に磨きをかけることで高級志向を鮮明に打ち出し、産地ブランドを強化していくことが、産地発展に欠かせない要素となるでしょう。

 小千谷・長岡地域は、世界の愛好家にとって「錦鯉の聖地」とされ、愛好家が錦鯉目当てで新潟入りするケースが顕著に増えており、秋の品評会シーズンになると、周辺地域のホテルは外国人で満室になるほど賑わいます。中でも愛好家が一度は訪れる小千谷市「錦鯉の里」は、世界唯一の錦鯉テーマパークであり、優雅に泳ぐ美しい姿は、まさに動く宝石、動く芸術。一見の価値ある、私もお気に入りの施設です。小千谷市の行政の話では、愛好家がついでに新潟県内の観光地へ行くケースは少ないとのことで、今後は世界中から集まる愛好家向けに「錦鯉ツーリズム」を官民連携で打ち出し、新潟県および周辺地域との広域連携が求められます。錦鯉は新潟が世界に誇る伝統文化であり、海外に対して非常に高い訴求力を持つ地域資源。新潟の産業観光に錦鯉というコンテンツを加え、交流人口の拡大を積極的に図っていきたいものです。