[第135号] 旬の地元料理がもてなす優雅な旅〜オーベルジュ

 オーベルジュとは、郷土料理を提供する宿舎付のレストランを意味するフランス語であり、フランスで生まれた食文化です。その歴史は中世にまで遡ると言われていますが、オーベルジュが急速に広がったのは1926年以降で、その背景にはミシュランガイドの影響があります。自動車の普及に伴い、フランス国内でレストランの格付けが始まったのが1926年。評価の高いレストランには車移動で1日掛けても訪問したいという富裕層が増え、オーベルジュの需要も高まっていきました。宿泊がセットになっているため、心行くまで食を堪能することができる、まさに美食の国・フランスならでは食文化と言えますが、現在はフランス以外の世界各国へと浸透しており、新たな旅のスタイル=美食旅行として注目されています。

 豊かな自然に囲まれ、近所で採れた新鮮食材を、極力鮮度の高いうちに調理し、その場ですぐに食することこそ究極の食のあり方です。それがレストランの場合、来訪者は車や交通機関の利用が不可欠となり、遠路はるばる訪問しても、帰宅時間を気にしたり、そもそも帰宅という行為そのものが、美食の余韻を覚ましてしまうこともあります。また、アルコールを楽しめば、帰りの運転はできません。しかし、それがオーベルジュならば、食後は帰宅の心配をせず、シェフとの食後の会話、さらには、食後の豊かな自然の空気感に浸り、ゆったりと食後の余韻を楽しみながら就寝することができます。そして翌朝は、朝採れ野菜や生ジュースなどを楽しみ、帰宅する。考えるだけでも心癒されます。このようにオーベルジュの魅力は、その土地でしか味わうことの出来ない食を、時を忘れ、心ゆくまで堪能することにあります。

 オーベルジュの本場・フランスでは、ワインの生産者がオーベルジュを所有するケースも珍しくありません。大手生産者の中には、もはや高級ホテル並みの施設を所有しているケースもあり、時代と共に大きく進化を遂げています。これらのオーベルジュでは、ワインの大敵とされる流通段階での温度変化や揺れなどを全く受けていないワインが提供されるため、保存状態は完璧です。フランスワインを、特に日本のような輸入時の移動距離の長い国で楽しもうとすると、微妙な味わいの差ではあるものの移動疲れは長年抜けることはなく、完璧な状態は保てません。ワインは現地で抜栓することが理想的な楽しみ方で、生産者所有のワインと地元食材を活かした料理のマリアージュを堪能できれば、自然豊かなワイナリーの空気感も相まって、これほど贅沢なワインの楽しみ方はありません。

 オーベルジュが日本に始めて誕生したのは1986年4月21日。日本オーベルジュ協会は、この記念すべき4月21日を「オーベルジュの日」と定め、オーベルジュの日本国内の普及に努めています。誕生当時は富裕層が中心で認知度が低かったものの、日本古来からの「想う」+「成す」=「おもてなし」の文化に地産地消ブームが合わさり、次第にオーベルジュは新たな旅のスタイルとして注目されるようになりました。現在、日本国内のオーベルジュは約200軒存在し、大手参入の大規模なものから、家族経営の小規模なものまで大小様々ですが、宿泊を主目的とするペンションや旅館とは異なり、食を楽しむことが主目的のため、オーナーの多くが料理人であるという特徴があります。

 日本のワイナリーでもオーベルジュを隣接する生産者が出てきており、日本での立地は、観光地やリゾート地以外にも広がっています。今後は、10年後の本格的な産業観光時代の到来を見据え、例えば日本酒メーカーや地場産業メーカーがオーベルジュを所有し、地元若手シェフを登用、自社で生産した製品を使用する、新たなオーベルジュのあり方が浸透していくものと考えています。現在のインバウンド3000万人は、10年後の2030年には6000万人時代へ。全国の地場産業とその食文化は、歴史を紐解くと、必ず結びつきがあり、産業観光と美食旅行はセットで考えるべきもの。オーベルジュのあり方も時代と共に革新させ、日本独自のオーベルジュ文化を育んでいきたいものです。