[第131号] 時をかけ、時を味わう、プーアル茶

 中国はお茶発祥の国です。茶樹は約7000年前から存在し、約4000年前からお茶が飲まれていたとされています。お茶は全てツバキ科のチャノキの葉から作られていますが、葉を摘んだ後の発酵の方法によって種類が分類されます。例えば緑茶などは不発酵茶、烏龍茶は半発酵茶、紅茶は発酵茶となり、プーアル茶は後発酵茶です。中でもプーアル茶の後発酵は特殊な発酵方法で、烏龍茶や紅茶などと同様に一度発酵した後、茶葉を長期間保管し、微生物の働きによって二次発酵を行います。茶葉の品質にもよりますが、保存期間は2、3年~20、30年、中には100年以上のビンテージ物まであり、最近では「どの地域の、どのクラスのプーアル茶を飲んでいるか」が、中国人富裕層のステイタスを図る指標になるほど、ブランド化が進んでいます。

 プーアル茶の生産地は雲南省。中国の最南部に位置し、南部でベトナム、ラオスとの国境に接し、北西部はチベット自治区と繋がる山々に囲まれています。中でも西双版納(シーサンパンナ)州は樹齢約1000年の樹木が存在するなど、最高級茶葉を生産する産地として知られています。西双版納州は海抜1500メートル以上に位置し、その近辺で作られた茶葉は全て普洱市(プーアル市)に集積されたことから、プーアル茶と呼ばれるようになりました。高山茶特有の力強いボディと芳醇な味わいの訳は、標高の高さからくる昼と夜の著しい寒暖差にあります。昼間は強烈な日差しを浴びて茶葉の成分が増え、夜になると一気に下がる気温によって茶葉の活動が抑えられるため、昼間に作った成分を消費せずに茶葉に蓄えられるのです。また、実木の年齢が古いほど根は長くなるため、ミネラルの吸収能力が増すこともプーアル茶の深い味わいの所以です。

 プーアル茶には「熟茶」と「生茶」の2種類があります。「熟茶」とは、茶葉を炒ることで酸化による自然発酵を止め、高温多湿の状態で人工的な二次発酵を行い、年代を経た茶葉の風味を短時間で仕上げていくもので、日本で販売されているほとんどのプーアル茶はこの「熟茶」です。一方「生茶」は、長い時間をかけて茶葉の中の麹菌が発酵していくことで徐々に熟成させていくもので、言わば長熟向けワインをワインセラーで何十年も寝かせていくのと同じ熟成方法と言えます。中国では主に生茶が流通されており、保存状態が良好であれば古いものほど芳醇な味わいとなり、高値で流通しています。ワインと同様、その年の気候の良し悪しが価格にも反映され、2000年以降では、01年、03年、10年、11年産の評価が高く、数十年後、見当もつかない高価格で取引されると予測されることから、特に最高級茶葉は投機対象にもなっているのです。

 プーアル茶は、時間をかけることで熟成が深まることや、年代によって品質に差が出る点においてワインに共通するものがありますが、実際雲南省は、プーアル茶の産地としてだけではなく、近年はワイン産地としても注目を集めています。2000年頃に地元の人々がワイン造りを始めたところ、その個性的な赤ワインに着目したLVMHグループ傘下の「モエ・ヘネシー・ディアジオ」は、ボルドーの気候に近く、かつ高山性の気候も持ち合わせていることから、2008年に標高2200~2700メートルに位置する雲南省の北部、ヒマラヤ山脈の麓にワイナリーを創設。2013年、「Ao Yun(アオ ユン)」(雲上の飛翔)というワイン名で1本34,000円で初リリースしたところ、中国最高級ワインの誕生として高い評価を受けました。ぶどうの樹齢が進めばより高品質なワインが生まれるものと目され、雲南省はプーアル茶とワインの世界的産地として、今後、お茶とワインの愛好家から一層熱い眼ざしを受けることでしょう。

 長い時を経て熟成されたプーアル茶は、芳香豊かで、濃縮感のある、複雑な香りへと発展していきます。熟成に時間をかける嗜好品の楽しみ方は、その「時」を感じることにあり、ワインと同様プーアル茶にも、「時」に思いを馳せるというロマンがあります。ビタミン、食物繊維、カルシウム、鉄分などの栄養素が多く含まれ、さらには中性脂肪低下や消化促進などの効果もあり、日本でも愛飲者が増えていますが、その多くは健康やダイエットが目的です。しかし今後は、熟成されたプーアル茶が持つ味わいそのものが日本でも受け入れられ、嗜好品としての新たな楽しみ方が広がっていってほしいと思っており、お茶やワイン愛好家の多い日本でもブームになる要素は十分にあります。中国の壮大な歴史が生み出す良質な茶葉、代々受け継がれてきた熟練の製造技術、そして数十年に及ぶ熟成が奏でる三重奏。プーアル茶の魅力を、ぜひ皆様にも体感して欲しいと思っております。