[第130号] 企業課題から導く、IoTの可能性

 IoT(Internet of Things)とは、モノのインターネットの意で、これまでインターネットに接続されていなかったモノがインターネットで繋がることによって、人を介さずにネットを通じて仕事を成し得るため、その可能性は人々の生活やビジネススタイルに大きな変革をもたらそうとしています。例えばスマートホームと言われるように、家電とスマホをネットでつなぐことで、スマホや音声によって家電をコントロールしたり、家にいない状態でも状況を把握したり操作対処するなどということが実現し、少しずつ私たちの生活の中にもIoTで実現できることのイメージが広がってきています。

 IoTがもたらす変革への可能性は、ものづくりの現場に於いても大いに開かれています。IoTの基本的なサイクルは、センサーがあるモノの情報を取得し、クラウドにデータを蓄積、そのデータ分析結果がモノから人へフィードバックされるというものですが、こうしたIoTの仕組みとその可能性を知ることは、自社の現況の課題に照らし合わせ、改善の道を探る第一歩となることでしょう。人口減少、国内市場の縮小、新興国市場の成長といった環境のもと、いかにして日本の製造業が持つ高い技能や技術力を高めると同時に、現況の課題をクリアする事で国際競争力に繋げていくのか。IoTは通信、金融、小売など数多くの産業に影響を与えると予想されていますが、中でも製造業や農業などに与える影響が大きいと言われており、企業の大小問わず新たな経営戦略の一つとしてクローズアップされてきています。

 製造業に於けるIoT導入の目的は、装置ごとの稼働率や工程ごとの所要時間などを見える化し、生産効率の向上につなげることなどが挙げられますが、もう一つ、熟練技術の形式知化も大切な課題と言えます。高齢化による退職や人材の流動化が進む一方で、熟練技術者が長年の経験で培ったノウハウで、言語化されていない暗黙知の部分は、社内で十分に共有されないまま退職で失われてしまうことも少なくありません。この熟練技術の伝承の問題にIoTを活用し、センサーによる動作解析によって模範となる動作モデルの確立に成功したのが、ダイキン工業と日立の協創による、ろう付け作業の技能訓練支援システムの構築です。最終的には人の判断や補完が必要であるものの、暗黙知の領域を形式知化していくことは熟練技術の習得の一助となり、品質保持という点に於いて製造業が取り組むべき企業努力の一つでしょう。

 伝統工芸の世界でも、IoTの導入が始まっています。漆器業界では、漆風呂の温湿度環境をセンサーで管理することで、漆の仕上がりとして最適な環境を作り出すことにデータを活かし、陶磁器業界では、登り窯に設置したセンサーで焼成温度を視覚化させて逐次スマホで確認するなど、繊細な管理状況の把握に役立てています。また、農業や茶業でもIoTの導入は進み、畑にセンサーを設置することで、気温・温度・雨量などのデータをスマホでリアルタイムでチェックし、気候の急激な変化の前に、即時に被害対策を講じることで農作物への被害を最小限に留めることが試みられています。こうしてこれまで人が物理的に動いて確認していた畑の管理時間が短縮され、さらに、農薬散布などのコストや手間を減らせれば、そこに費やされていた時間が他に活かせます。農業や茶業への新規参入のリスクも低減出来るため、多くの生産者の悩みである後継者問題の解決の糸口の一つとしても、IoT導入は有益と成り得ます。

 製品の品質向上、人手不足や従業員の負担軽減、属人化している作業の見える化による生産性向上など、各企業の課題は様々です。企業がIoT導入によって目指すのは、品質向上により製品の付加価値が高まり、作業の効率化によって従業員のワークライフバランスが改善され、働き方改革にも繋がるということです。しかしこのような効果が期待できると分かっていても、それを実際に導入するためには、部署間に於ける現況の問題や課題の理解と共有、導入することによるメリットの理解と共有、導入のためのプロセスへの理解と共有が必要であり、そうした社員の目的意識結束へのアプローチは、IoTの手法以前に丁寧に時間をかけて行わなければなりません。社員一人ひとりが感じている問題点を抽出し、論理的に解釈できたときに初めて、それぞれの企業に於いて本当の意味でIoTが活きる形が見えてくるのでしょう。