リオデジャネイロ五輪を終え、世界の目はいよいよ2020年東京五輪へと注がれています。オリンピック憲章のオリンピズム根本原則には、スポーツと文化の融合を謳っており、オリンピック・パラリンピック組織委員会は、複数の文化イベントからなる「文化プログラム」の実施を開催国へ義務付けています。五輪と文化は深い関係にあり、スポーツの祭典であると同時に文化の祭典でもあるため、東京五輪の開催によるさまざまな効果を地方にも波及させて活性化につなげ、音楽、演劇、美術、文学、映画などを通じて、日本の文化の魅力を世界へ発信しようという動きが始まっています。2020年東京五輪の経済効果予測は総額約3兆円。東京五輪は地方自治体にとっても地域文化の魅力を世界中の方々に認知していただく絶好の機会であり、地域の垣根を超えて全国各地の文化資源をPRすることで、地方創生の起爆剤となります。
文化プログラムの前身は、1912年ストックホルム大会から採用された「芸術競技」です。建築・彫刻・絵画・音楽・文学という5種目がオリンピックの正式種目として導入され、スポーツをモチーフとした芸術作品のコンペを開催。スポーツ種目と同様にメダルも授与されました。芸術競技は1948年ロンドン大会まで行われましたが、芸術で競い合うことは適切ではないとの見解から、1952年のヘルシンキ大会からは芸術展示という形となり、1964年東京大会では「日本最高の芸術品を世界に紹介する」という方針を掲げ、美術と芸能の分野で様々な展覧会や公演を開催。特に東京国立博物館では五輪開催中に約40万人が来場し、文化の祭典としても大成功を収めました。1992年のバルセロナ大会からは、さらに多様な文化イベントを実施すべく「文化プログラム」が組み込まれ、開催都市だけでなく、開催国全体で文化イベントを実施するシステムへと移行されました。
その文化プログラムで大きな成果を収めたのが、2012年ロンドン大会です。最有力候補と目されたパリを抑え、ロンドンが五輪招致に成功した大きな要因の一つに、文化プログラムを積極的にアピールしたことが挙げられます。英国政府は文化プログラムを公約通り重要視し、かつてない規模と内容で実施したことで、英国国内全域の観光や地域振興などの面においても大きな波及効果を生み出し、文化プログラムの存在を世界的に認知させる契機にもなりました。ロンドン五輪開催4年前から「カルチュラル・オリンピアード」と題した文化プログラムを実施して、英国全土で約18万件もの文化イベント、約1000カ所を超す地域で文化プログラムを開催。訪英外国人も含めて延べ約4300万人が参加し、そのうちロンドン以外の地方都市で開かれたプログラム参加者は約2600万人と半数以上を占め、成熟した「文化国家・英国」を強烈に印象付けました。五輪後も文化プログラムの半数以上は継続され、ロンドン五輪の波及効果は今も息づいています。
東京五輪の文化プログラムについては、東京五輪組織委員会、文化庁、東京都の3つの機関で検討が進められており、「文化の祭典としてあらゆる人々が2020東京大会文化プログラムに参加し、オールジャパンで盛り上げることで、国内はもとより、世界中の国・地域から訪れる多くの人々に対し、日本の文化の力を示す」ことをコンセプトに、1. 日本文化の再認識と継承・発展、2. 次世代育成と新たな文化芸術の創造、3. 日本文化の世界への発信と国際交流の3つの方向でアクションを進めていくことを記載しています。ロンドン五輪における文化プログラムの取り組みを参考にし、政府は文化プログラムの開催件数目標を、ロンドン五輪を上廻る20万件を掲げ、参加アーティスト5万人、参加人数延べ5000万人を目標とし、日本の文化を世界へと発信していこうとしています。文化プログラムは地方創生の追い風となりますが、一過性のイベントに終わらせず、五輪後の観光客誘致や雇用創出につなげていく対策もしっかりと検討してもらいたいものです。
東京五輪後もさらにインバウンドの増加が予測される中、文化プログラムを芸術分野だけでなく産業分野にも発展させようと、国定勇人・三条市長は全国の市町村長へ呼びかけ「地域活性化首長連合」を設立しました。全国1,742市町村のうち現在352市町村長が参加し、会長には国定・三条市長、副会長には鈴木力・燕市長ら8市長、事務局長には樋渡啓祐氏(前・佐賀県武雄市長)が就任。全国の首長が参画する組織において燕三条の両市長がけん引役を務めます。東京五輪を契機に地場産業の魅力を世界へ発信し、地方都市にも着実にインバウントを呼び寄せることが狙いです。日本のものづくりと観光の2本柱を組み合わせて世界へと発信し、地域活性化を目指していくことがこれからの地場産業のあり方。私たち燕三条も、工場を観光資源として国際産業観光都市を目指し、産業観光化を推進していますが、「地域活性化首長連合」の今後の活動に対して、弊社も会社を挙げて取り組んでいく所存です。
文化プログラムは東京五輪組織委員会などの主導だけでなく、全国の地方自治体からの企画も重要で、既に全国各地域で様々な企画が検討されています。福井・石川・富山の北陸3県では「国際工芸サミット」の開催を検討しており、北陸3県で一巡させる伝統工芸の世界的イベントを計画。新潟県では、文化プログラムを見据えた事業に対して補助金を出すなど、文化プログラム対策が全国各地で活発化しています。東京五輪の開催に向けて、東京を訪れる訪日外国人をいかに地方都市へ誘導するかが、これからの地方創生の鍵となりますが、日本の芸術文化、地場産業の掘り起こしを行い、それをさらに磨き上げて国際的に発信すれば、地方都市の新たな観光や地域活性化につながります。2020年東京五輪をスポーツの祭典だけに終わらせないためも、産学官民連携によって確実にプログラムを実行し、「文化芸術立国・日本」、そして「産業観光立国・日本」の実現に向けて、国民の英知を結集させていきたいものです。