2014年の流行語大賞「カープ女子」の赤い声援に後押しされ、今年の流行語大賞候補「神ってる」活躍で、広島カープは25年ぶり、悲願のリーグ優勝を果たしました。優勝直後の広島市内繁華街は、身動きの取れないほどのファンが群がり、歓喜の渦が巻き起こりましたが、あらためてスポーツ文化の凄さを垣間見る光景でした。12球団で唯一、親会社を持たない独立採算性での球団経営のために資金が限られ、フリーエージェントなどで大物選手を獲得できないことから、日本人選手はチームの生え抜き。地元広島での優勝瞬間の視聴率が驚異の71%を記録しましたが、待ち続けた25年という年月と共に、広島育ちの生え抜き選手を揃えた「地元愛」溢れるチーム作りが実を結んだことも、広島カープファンの共感と熱狂を呼び込みました。育成重視を球団理念とする広島カープは、スポーツビジネスの業界のみならず、全ての業界における人材育成のあり方としても、今、注目の教材となっています。
広島カープの勢いをそのままに、広島の経済界は鯉(カープ)登りのごとく上昇気流に乗っています。その筆頭は、地元広島の基幹産業であるマツダです。昨年、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」受賞に続いて、「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」も受賞し、日本と世界でW受賞という快挙を成し遂げました。2008年リーマンショックのあおりで、親会社フォードが出資を引き揚げた影響によって経営難に陥ったマツダは、以降4期連続で赤字を計上したものの、13年から連続で最高益を更新中。その原動力となったのは、車業界の常識を覆す低燃費技術「スカイアクティブ」。ハイブリッドなどエコカー戦略が幅を利かせている車業界で内燃機関(エンジン)の車は、絶対に無くなることはないと見極め、限られた経営資源を一点集中で注ぎ込んだマツダの先見性と独自性が見事に功を奏しました。さらに「魂動(こどう)」をデザインテーマとしたカーデザインも極めて秀逸。デザインの力で企業を成長させた好事例として、車業界を超え、様々な業界でも注目を浴びていることは特筆すべきことです。
イオンやイトーヨーカ堂などの大手が軒並み大幅営業減益に沈み、総合スーパー業界が苦戦する状況下、中国・四国・九州地方で「ゆめタウン」などを展開する「イズミ(広島市)」も、マツダと同様に業績好調の広島の企業です。大手総合スーパーがPB(プライベートブランド)商品を強化する「価格」の訴求型で集客を狙う戦略とは対照的に、イズミはメーカーのNB(ナショナルブランド)や地域に根ざした地場産品を中心とした「価値」の訴求型という独自路線の戦略で、急成長を遂げています。地方百貨店も総じて振るわない中、イズミは総合スーパーでありながら百貨店と比肩する高付加価値品も取り揃え、百貨店顧客の囲い込みにも成功。1993年1600億円の売上は、現在6500億と年々上昇しており、2020年までに売上目標を一気に1兆円という強気の設定。この勢いでエリアを拡大し続けると、将来はイオンなど大手と対抗する勢力として広島発・全国区の総合スーパーへと成長していく可能性を秘めています。広島の思わぬ伏兵「イズミ」の展開には、今後も目が離せません。
広島を代表するグルメ「広島風お好み焼き」。それを広めた最大の功労者が「オタフクソース(広島市)」です。鉄板焼き文化の普及を企業理念に、お好み焼きソースという地域に根ざした独自路線よって広島県民に絶大なる支持を受け、広島発・全国屈指のソースメーカーへと成長しました。広島風は、私が広島出張の際に必ず食すほどの好物ですが、広島風とオタフクソースの絶妙な相性に毎々感動しています。広島風は関西風などと異なり、麺・キャベツ・卵・豚肉などを混ぜず、層にして焼くことが特徴で、作り手側の技術によって味わいが異なる職人技。そしてもう一つの特徴は、食べる側のヘラの使い方によっても味わいが異なること。層を上手く切り分けて口へ運ぶためには、ある程度の経験が必要となります。なお、箸で食べると層が崩れ、焼きそばになってしまうため、NGの食べ方。作り手側も食べる側も技術が必要のため、広島以外の地域で広島風が定着できない要因の一つになっていますが、技術力の高いお店を見つけて、自身の食べ方の技術をマスターすれば、広島風の虜になること請け合いという、極めて特種なB級グルメ。広島らしい独創性の高い食文化と言えます。
広島の経済を支える観光産業も好調です。広島には原爆ドームと厳島神社という日本を代表する2つの世界遺産を有し、広島県内の各自治体は、積極的に観光プロモーションを強化しています。「トリップアドバイザー2016」の外国人に人気の日本の観光スポットランキングでは、1位伏見稲荷神社(京都市)、2位広島平和記念公園(広島市)、3位宮島(廿日市市)と、広島県が上位に軒並みランクイン。2015年、広島県のインバウンド前年比34%増は、全国ベースの伸び率(16%)の倍となっていますが、広島インバウンドの特徴はアジア中心でなく、アメリカを筆頭に欧米人の多さにあります。それをさらに加速させたのが、今年6月、現職の米大統領では初となるオバマ大統領の平和記念公園の訪問。広島の世界的注目度が格段に高まり、ホテルの稼働率が全国的に減少している中、上昇傾向を維持しています。観光都市は食のレベルも高いもので、2013年に「ミシュランガイド広島」が発行されるなど、瀬戸内の温暖な気候風土を生かした独創性の高い広島の食は、食通の外国人にも一定の評価を得ています。
広島県は伝統的に独創性に富む企業の集積地で、マツダ、イズミ、オタフクソース以外にも、個性派揃いの企業が多数点在します。熊野町の伝統的工芸品「熊野筆」は、化粧品筆のブランド化にも成功し、書筆、絵筆、化粧品筆など筆全体の国内シェアは8割とほぼ独占。呉市で創業した「セーラー万年筆」は、万年筆の金ペン、ボールペン、筆ぺんを日本で初めて販売。広島市で創業した「カルビー」は、かっぱえびせん、ポテトチップスなどを開発したスナック菓子のトップメーカー。同じく広島市で創業した「アンデルセン」は、冷凍パン生地とセルフサービスシステムを開発してパン業界を牽引。東広島市で創業した「ダイソー」は、100円ショップ市場の売上シェア6割を占めています。そこに共通する思想は、差別化路線で他とは異なる「独創性」を徹底的に追求していくこと。その姿勢は、広島県人や広島発祥の企業に共通するDNAであり、それが今の経済状況の中、躍進を続ける大きな要因になっているものと思っています。設定した独自路線に一点集中し、経営資源をひたすら投入し続けるという頑な企業姿勢と確固たる信念。これは、地場産業の今後のあり方、そのものではないでしょうか。