[第97号]静岡茶産地の今と、これからのブランディング

静岡茶は宇治茶と並び「日本2大茶」と称されています。牧之原台地とその周辺地域がその最大の生産地であり、生産量は国内第一位。東海道新幹線や東名高速道路などを利用して東京から名古屋方面へ移動すると、静岡県内の茶産地を通過しますが、茶畑が広がる光景は日本を象徴する風景と言っていいでしょう。静岡は江戸時代からお茶所として有名ですが、一番の大きな要因は、牧之原台地、富士山麓、安倍川、大井川、天竜川、太田川など、豊かな地形環境に恵まれ、霜害を避け易い気候風土が茶木栽培に適していたこと。第二の要因として、大消費地である江戸に比較的近く、流通体制が構築されていたことが挙げられます。また、勝海舟の功績によって、明治維新で江戸城を追い出された幕臣に、駿河の国の丘陵地開拓と茶木栽培を積極的に奨励させ茶畑面積が急拡大したことも、現在の静岡茶の発展に大きく貢献しています。

玉川堂は今年創業200周年を迎え、その事業の一環として、1888年創業の静岡県牧之原市「カネジュウ農園」と契約し、玉川堂農園を開設します。鎚起銅器に最も適した茶葉を求め、牧之原の地に出会いました。日本有数のお茶産地である牧ノ原台地は、石が多いため水はけがよく、土壌は赤土で弱酸性、気候も温暖で霜が降りることも少なく、茶葉の栽培には最適の地です。また、平坦で作業もしやすく、明治維新より茶園開墾の歴史の中で、土壌の肥培管理が十分に行われてきました。現在「カネジュウ農園」との協働により、牧之原産の茶葉を用いて鎚起銅器と相性の良い焙煎などを研究しており、今後は銅器を核とした日本茶の新しい文化の創造を目指していきます。銅の急須は、金属イオンの効用によりお茶がまろやかになりますが、焙煎を強くすることで金属イオンの効用をさらに引き出し、より旨味と香りを増していきます。

静岡県は茶葉の生産量日本一を長年に渡り維持し続けていますが、近年、鹿児島県が生産量を急激に伸ばしており、静岡に次いで全国第2位の生産地となっています。昨年2015年の生産量(生茶)は、静岡県40%に対し鹿児島県は31%、次に三重県が9%ですので、実に国内の7割が静岡と鹿児島で生産されているということになります。この鹿児島県ですが早生品種の開発に力を注ぎ、静岡より早く新茶を生産することで急速にブランド力を伸ばしてきました。一昔前までの鹿児島茶は、早く生産されても味は苦く、静岡より劣っていましたが、ここ近年の努力で静岡茶と同品質までレベルを上げてきました。「静岡茶」は100%静岡産の茶葉ですが、「静岡ブレンド」の多くは鹿児島茶がブレンドされており、鹿児島は静岡の下請けが主流でした。静岡にとっては「下請け産地」という認識の鹿児島が、今や自分たちの牙城を脅かすほどに迫ってきています。

明治時代は生糸に次ぐ2番目の輸出品目であった日本茶。静岡県は日本茶輸出額においても全国トップです。世界的な健康志向や日本食ブームを追い風に日本茶の需要は高まっており、年間輸出額は約50億円。そのうちアメリカが全体の約半数を占めており、以下、シンガポール(15%)、ドイツ(9%)、台湾(5%)、カナダ(5%)と続きます。政府は農産物輸出を成長戦略の柱の一つに据え、中でも日本茶の輸出に前向きです。農林水産省は日本茶を輸出の重要品目と設定し、輸出額を2020年までに現在の3倍にすることを目標に定めています。しかし、解決すべき課題はたくさんあります。対EUでは残留農薬問題や放射性物質にかかわる規制、国ごとに異なる農薬基準や安全性の問題。そして一番の懸案事項は、競合する中国産緑茶などに比べると高価であること。安価な中国産緑茶との差別化を図るためには、各産地、各メーカーのブランディングが必要不可欠な状態となっています。

静岡は番茶や安価な煎茶など、低価格品種の生産量が多く、玉露やかぶせ茶などの高級品の生産量の割合は、他の茶産地と比較するとかなり低く、静岡と鹿児島の多くの農園は、安価品種の「大量生産大量販売」という傾向にあります。玉露の生産は京都府「宇治茶」と福岡県「八女茶」が全国トップクラスで、静岡も高品質の玉露を生産している地域はありますが、静岡茶の面積比率で言えばごく少数です。かぶせ茶は三重県「伊勢茶」が圧倒的に多く全国の約4割を占めており、静岡ではあまり生産されていない品種です。宇治茶や八女茶は、狭い地域で高品質の茶葉を生産し地域ブランドを構築しているのに対し、静岡茶は静岡という県全体がブランドの単位となっています。高品質の茶葉を生産していても、安価品種の「大量生産大量販売」の傾向が強いため、静岡茶はこれといったブランドイメージが沸きにくいというのが現状です。

日本の茶産地で、これだけ広い地域がブランドになっているのは静岡のみです。静岡茶では広範囲過ぎて、掛川茶、菊川茶、富士茶、静岡牧之原茶などの産地ブランドを有しながら、今一つ脚光が当たっていません。静岡県は日本有数の茶栽培に適した地域ですので、静岡県内各地域の特性を生かした品種に特化した高付加価値品種の生産、ブランディングを行っていくことがこれからの課題です。静岡県は生産者の高齢化が進み農園を放棄する茶園が増加し、また、中元や歳暮などの贈答品で日本茶を贈る習慣も減り、単価は下落傾向にあります。ペットボトルのお茶飲料は一大マーケットを形成していますが、中国産との価格競争が激しく薄利のため、それに頼ることは危険です。そのような状況下、「静岡茶は日本の茶葉生産量の半分」などと規模で競わず、静岡県内の各産地ブランドを強固にするためには何をすればいいのか、その本質を見極めて、付加価値を高めていくことが求められています。