[第92号]ルイ・ヴィトンのラグジュアリー戦略

ルイ・ヴィトンの創業は1854年。1970年代まではパリとニースを中心に、限られた富裕層を対象とする比較的小規模なメーカーでしたが、1981年、銀座店の開業を機に急成長。1987年にはシャンパン・メーカーのモエ・ヘネシーと合併して「LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」となり、ディオール、フェンディ、ブルガリなど、多数の有名ブランドを傘下に置く巨大ブランド企業に成長しました。ルイ・ヴィトンはラグジュアリー戦略の最先端を行き、その戦略はまさに教科書そのもの。製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)は、マーケティングの4Pと呼ばれていますが、その4Pを徹底的に管理し、ラグジュアリー業界の王者に君臨するのがルイ・ヴィトンです。その管理の裏側には、ラグジュアリー戦略の王者と簡単に片づけられない脈々と受け継がれる企業精神と、首尾一貫した威厳が感じられます。

製品(Product)。ルイ・ヴィトンのブランド戦略は「メゾン志向」です。メゾン志向とは、そのブランドの歴史的蓄積を尊重、職人による究極の手技を追求し、機械化による大量生産よりも、伝統的なクラフトマンシップを優先させることを指します。また、卓越した品質と物語性のある製品も追求しているため、ファーストラインのみ生産し、セカンドラインは生産しないようにしています。セカンドラインはディフュージョンライン(普及品)とも呼ばれていますが、多くのブランドは低価格商品の品揃えも行っているものの、ルイ・ヴィトンは価格を下げてまで広く普及しようという考えは一切ありません。一方、ニーズを汲み取るマーケットイン(消費者が求めているもの)ではなく、あくまでプロダクトアウト(作り手が良いと思うものを作る)にこだわった商品開発を行い、消費者のウォンツ(欲求)を刺激しています。

価格(Price)。ルイ・ヴィトンは創業以来、値引きセールを行ったことがありません。季節の変わり目になってもセールは一切せず、すべてのお客様に対して同じ価格で販売するというポリシーを貫いています。セールをしないことで、いつまでも過去のものとならず、ある種新鮮であり続けることが約束され、購入した顧客に安心と信頼を約束しています。また、生産から販売までの行き届いた管理によってアウトレット品は極力出さず、その販売も禁止しているため、アウトレットとは無縁の体制を整えています。以前、輸入業者がパリ本店でルイ・ヴィトンの商品を大量購入し、日本で法外な値段を付け暴利をむさぼっていた時代がありましたが、ルイ・ヴィトンの直営店が日本に開業したことで正当な価格設定が定着しました。この適正価格の定着が、日本での大成功の要因となり、今のルイ・ヴィトンの巨大ブランドの礎にもなっています。

流通(Place)ブランドの鉄則は流通経路の短縮化であり、ルイ・ヴィトンは正に直営店を中心とした正規店のみで販売しています。直営店はすべて自社の意向が反映されるため、直営店ならではの店舗デザインを導入し、結果、信頼性と安心感だけでなく顧客の高揚感を上げ、熱狂的なファンを増加させました。極力商社を介入させず、正規店のみでの販売によって贋物駆除も徹底させています。ルイ・ヴィトンの歴史は偽物との戦いでもあり、本物を保証できるのはルイ・ヴィトンの正規店だけ。正規店で買うことを勧めるシステム構築に経営資源を投入しています。さらにルイ・ヴィトンは、ライセンスを禁止しています。寝ているだけでロイヤリティが入るライセンスは効率の良いビジネスですが、ブランド管理が難しく長期的にはブランド価値を下げる可能性もあります。今までの百貨店インショップから1981年の銀座店開店によって急成長した背景には、このような戦略があるのです。

プロモーション(Promotion)。高品質な製品を、出来るだけ低価格で、広い流通チャネルを利用し、広告・宣伝して販売する、というのが通常のマーケティング理論ですが、ラグジュアリーブランドは、高品質な製品を、高価格で、狭い流通チャンネルで、ほとんど広告・宣伝なしで販売する、という姿勢を軸としています。広告記事よりも無料記事を重視し、取材をしたいと要求されてから取材を受けるというスタンスを大切にしています。ラグジュアリーブランドがテレビCMに出ない理由は、マスを対象とした製品と同じタイミングでCMが流れることを嫌うためです。また、マスコミや愛好家をご招待した豪華なパーティーを開催することもルイ・ヴィトンの重要なプロモーション戦略の一つ。マスコミが一斉に取り上げるため、直接広告するよりも高い宣伝効果を得ています。

ラグジュアリーブランドとは、高くても売れる製品や熱烈なファンのいるブランドのことであり、競合他社は存在せず、最上級・最高無比のものを表す概念で、ルイ・ヴィトンがその最高峰に君臨しています。日本の製造業は技術力向上や機能性追求には長けているものの、ラグジュアリーブランド構築にあまり熱心ではありません。例えば、日本の時計メーカーであるセイコーやカシオは、世界トップクラスの技術力と機能性を持つ時計を製造していますが、同じ技術力、あるいは若干劣っても、スイスの時計ブランドの方が遥かに高価格で販売しています。また、日本の菓子やパン職人は、世界から絶賛されるほどの高い技術力を持ちながら、海外の高級ブランドのライセンスで製造販売しているケースも見受けられます。これからの日本のメーカーは、日本発のラグジュアリーブランドの創造が求められており、ラグジュアリー戦略を敷くメーカーの増加が、日本の経済成長に重要な役割を担うことになります。

参考文献:「ルイ・ヴィトンの法則」(長沢伸也 著・東洋経済新報社)
「ラグジュアリー戦略」 (長沢伸也 著・東洋経済新報社)

早稲田大学ビジネススクール 長沢伸也ゼミ
http://www.f.waseda.jp/nagasawa/lbcm/index.html