[第91号]世界が注目する日本製包丁と今後の課題

現在、経済産業省が指定する「伝統的工芸品」の刃物産地は、日本国内に7産地あります(大阪府堺市、兵庫県三木市、福井県越前市、高知県香美市、長野県信濃町、新潟県長岡市、新潟県三条市)。現在世界的な和食ブームを背景に、伝統技術を駆使した包丁の需要が海外市場で急速に高まっており、成長幅の大きい輸出産業の一つとして注目されています。その一方日本国内では、飲食業界で働く人の数自体は増加しているものの、プロ用の包丁の需要は年々減少傾向にあります。これは個人経営の飲食店の減少に加え、セントラルキッチンでパックされた調理済みの袋をハサミで切るという、簡素化された調理作業を主とする大型店舗の増加が原因です。特に回転寿司の影響は大きく、個人経営の寿司店が減少し、同時に寿司屋で使用する包丁の需要も減少しています。海外では極めて大きな需要がありながらも、今後、日本国内で大きな需要は見込めない状況です。包丁メーカーほど、海外市場に目を向けなければならない業界も珍しいかもしれません。

ドイツのゾーリンゲン。人口約16万人と決して大都市ではありませんが、刃物世界一の輸出量を誇り、刃物に関わる産地や業界にとって競争心と共に、古くからの憧れにも似た想いを抱かせる響きがあります。しかしながら、産地規模は年々縮小しており、以前は刃物関係の会社が300社以上存在し、多くの市民が刃物の業界に携わっていましたが、現在は25社程度と大幅に縮小しています。ゾーリンゲンの刃物は機械化大量生産のビジネスによって大成功を収めましたが、その代償として、手作業で製作する刃物メーカーは1社しか残っていません。ドイツと言えば、職人を育て守っていく「マイスター制度」が代名詞という印象ですが、ゾーリンゲンの伝統技術は壊滅的な状態で、今のところ解決策は見えていません。ゾーリンゲンは機械化大量生産をより一層増強させることで、世界の刃物市場のシェア拡大を目指していくものと思われます。

日本最大の刃物産地は岐阜県関市。関はゾーリンゲン、シェフィールド(イギリス)と並ぶ、刃物の世界3大都市の一つとして認知されおり、業界ではそれぞれ地名の頭文字をとって「刃物3S」と呼んでいます。約90メーカーが存在する関市ですが、伝統的工芸品産地として経済産業省が指定する前述の刃物7産地には指定されておらず、対象外となっています。関の刃物は工程ごとに分業化され、小さな町工場や個人下請けなどで刃物の分業が行われています。ゾーリンゲンのトップブランド「ツヴィリングJ.Aヘンケルス」の高級ラインの商品は、岐阜県関市で自社工場を構え、関の職人に製作させるなど、関はゾーリンゲンとの連携が強固。このビジネス戦略には疑問がありますが、貝印製を筆頭に外国人の料理人の多くは関産の包丁を使用しており、海外の料理人によって関の知名度は抜群です。

2004年から右肩上がりで増加している包丁の国内輸出量ですが、その割合としては、関市が約50%、燕市&三条市が約35%、その他の産地は各数%程度となっており、輸出額は関市と燕三条が圧倒的なシェアを占有しています。(関市では「貝印」、燕三条では燕市の「GLOBAL」が輸出額トップのブランドです)。さらに伝統的工芸品指定の刃物7産地に限って言えば、燕三条の輸出額は他6産地を約10倍引き離す程に群を抜いており、これは燕三条が伝統技術を継承しつつ、海外ビジネスとしての外交能力も兼ね備えていることを示していると言えます。燕と三条の両市、および両市の商工会議所は、海外見本市などに積極的に出展し海外販路の開拓に尽力。さらに、燕三条は古くから海外ビジネスを展開している企業が多く、その企業のアドバイスを受けながら海外進出を行う風習があるため、地域の企業間連携の効果も数字に反映されているものと思われます。

一般的に高級な包丁ほど切れ味が長持ちしますが、それでも必ず「研ぎ」というメンテナンスが必要となります。日本国内ではメンテナンスを行うお店が多数存在し、包丁を研ぐことに関してあまり不便を感じていませんが、日本から海外へ輸出された包丁は現地店員の知識不足、メンテナンス機能不足のため、刃が甘くなるとその包丁は使用されず破棄され、新たな包丁が購入されるケースもかなりあるとのこと。海外では日本の包丁を販売する小売店が急増しているにも関わらず、店員側に商品知識がなく、作り手の想いがお客様へ伝わっていないまま商品を渡すケースがごく当たり前のようになってきています。最近では中国人による包丁の爆買い
によって、商品説明がされないまま中国やネット販売にて高値で取引されるケースが後を絶ちません。爆買いは一時の現象であり、私たちの商売の感覚を鈍らせるだけ。爆買いには十分な注意を払い、転売させないような対策は急務です。

包丁はメンテナンス面の十分な商品説明が必要なアイテムのため、特に海外ビジネスでは、販売後のフォローアップが重要となります。砥石は日本だけの研ぎ道具のため、海外での研ぎは主に棒状のスティックシャープナーが使用されていますが、切れ味の鋭い研ぎは出来ません。特に和包丁の場合、スティックシャープナーでは不十分であり、砥石での研ぎが不可欠。砥石の輸出拡大と海外での研ぎの専門家の育成が今後の課題です。メンテナンスに関しては、売場店員の教育だけでは不完全であり、海外進出メーカーの共同出資で海外主要都市で包丁のメンテナンス専用店を設置するなど、メンテナンス機能を充実させなければ、日本の包丁の海外市場拡大は確実に見込めながらも、使い勝手の悪い製品という印象を与えてしまいかねません。日本の包丁メーカーは、伝統技術を継承、さらには海外市場開拓という2つの事業を確実に遂行していくと共に、そこからさらに先の海外市場におけるメンテナンス機能充実を、地域の垣根を越えて本格的に検討する時期に来ているのではないかと考えています。