[第88号]ローカルを走る期待の星・観光列車

ゴージャスな車両が話題のJR九州の豪華クルーズ列車「ななつ星」は、2013年10月のデビューから2年が経過しました。3泊4日で九州を周遊するコースの場合、1人当たり58万~80万円(2人1室)と高価格にも関わらず、競争倍率は今も数十倍と、相変わらず狭き門。乗車数最大14組30人だけという希少価値も手伝い、その人気は衰え知らず。車内で極上の時間を楽しみながら観光地に立ち寄り、その土地ごとに最高のおもてなしを体験するという旅のスタイルは、豪華客船の陸上版とも言えます。「ななつ星」の運行によって新しい鉄道の旅の魅力が創造され、さらには観光客誘致により九州全体の活性化に貢献したことは特筆すべきことで、まさに地方創生に相応しい事業です。

正式名称・クルーズトレイン「ななつ星in九州」の名称は、九州「七」県から成り立っていることに由来し、九州の一つ一つの県を光り輝く「星」と見立てて命名され、コンセプトは「九州の魅力を世界へ発信する」こと。車両は「七」にちなみ七両編成で構成され、列車内は和洋・新旧融合の洗練されたラグジュアリー空間で、有田焼・十四代酒井田柿右衛門の有田焼洗面ボウル、福岡・大川家具のクローゼットなど、九州の伝統工芸の技術が随所に活かされており、九州の魅力が凝縮された空間は見事です。九州だけでは完結できない製品は、JR九州「ななつ星」担当者が全国各地の地場産業メーカーを歩き廻り、共同開発した製品が使用され、食器に関しては燕市の洋食器メーカー・山崎金属工業製のカトラリー、銅製マグカップは玉川堂製品が使用されています。

衰退をたどる昔ながらの夜行列車を横目に、裕福な退職者層や外国人客をターゲットにした豪華クルーズ列車の開発は花盛り。ななつ星の大成功に触発され、JR各社も2匹目のどじょうを狙っており、再来年2017年春、新たな豪華クルーズ列車が誕生します。JR東日本の「トランスイート四季島」は、JR北海道管内も周遊する計画があるなど、地域を超えた連携を図りながら運行する計画で、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風」は、今年3月に引退した寝台列車トワイライトエクスプレスの伝統を引き継ぎ、今度は豪華クルーズ列車として生まれ変わります。JR東日本、西日本共に、豪華クルーズ列車の存在によって地域活性化につなげていこうという狙いがあり、観光産業を主力としている自治体は、我が街に停車・観光を実現すべく、熾烈な誘致活動が繰り広げられている最中です。

JR各社は豪華クルーズ列車以外にも、日帰りの観光列車を次々と開発しており、日本経済新聞社による観光列車人気ベスト10によると、1位「伊予灘ものがたり(JR四国)」、2位「或る列車(JR九州)」、3位「越乃Shu*Kura(JR東日本)」と続きます。「越乃Shu*Kura」は地酒大国・新潟が誇る「日本酒」をコンセプトとした列車で、新潟県内の地酒の利き酒や地元の食材を使ったつまみを提供するほか、車内でジャズやクラシックなどの生演奏が楽しめます。さらにJR東日本では、上越新幹線の新潟エリア(新潟〜越後湯沢)において、アートを楽しむ観光型新幹線「現美新幹線」の運行を発表し、来年2016年春にデビューします。車両外側全体に長岡花火を描く大胆なデザインで、各車両ごとに現代アートが展示され、カフェも併設。土曜と日曜を中心に年間120日程度運行する予定です。

JRだけでなく地方鉄道会社も、再生の可能性に賭けて、観光列車の導入を積極的に進めています。人口減少で通勤通学客の運賃収入が上がらず、今後も衰退が見込まれる中、客単価の高い観光列車を開発し、新たなビジネスモデルを構築していくことが狙いです。JRと地方鉄道、それぞれに言えることですが、観光列車を走らせれば成功する、という単純なものではなく、観光列車は一つの起爆剤に過ぎず、それを媒体として各地域に広く観光客を誘致するための仕組みづくりこそが重要であると思います。そのためには官民一体となって隠れた地域資源、ボランティアといった人的資源を発掘し活かす努力が必要となり、乗客の方々があらためて沿線沿いの街まで足を運んでいただくという流れを作ることが、観光列車を導入することの意義であり、結果、観光列車のリピート客を増やすことにも繋がっていきます。

日本に鉄道が登場し140年以上の時を経て、人やモノを運ぶ交通インフラの枠を越え、各地域の文化を楽しむという新たな役割も担うようになりました。インバウンドの増加も追い風で、観光列車は外国人のおもてなしの場として、日本の文化を体感していただく絶好の場でもあり、鉄道は技術面のみならず、文化面においても、さらに進化していきそうです。JR九州では、沿線の方々が人吉SL号に向かって手を振る運動「手をフレール運動」を展開しており、沿線の方々が通過時間を見計らい手を振ったところ、次第に沿線住民以外の方も、人吉SL号を見かければ手を振るという風習が生まれました。乗車している方々は皆、大きな感動に包まれるそうです。このシーンは、JR九州のCMにもなり、全国的な話題となりました。観光地育成と人材育成に大きな役割を担う、ローカルを走る期待の星・観光列車。もはや、地方創生には欠かせない存在です。