[第89号]ボジョレーヌーボーに見るブランド戦略

毎年11月第3木曜日はボジョレーヌーボーの解禁日。今年は11月19日が解禁日にあたり、全国で様々なイベントが開催されました。ボジョレーヌーボーは、フランス・ブルゴーニュ地方の最南端に位置するボジョレー地区で造られた新酒(ヌーボー)のことで、フレッシュさが売りと同時に、その年の葡萄の品質を確認するという意味合いもあります。一般的な赤ワインは冷やし過ぎると香りが閉じていくことに対し、ボジョレーヌーボーは冷たくして飲む方が美味しくなります。また、一般的なワインは5年10年と寝かせることで真価を発揮していくことに対し、ボジョレーヌーボーの場合は、出来るだけ早めに飲んだ方が真価を発揮するため、ワインセラーなどで寝かせることなく、極力、年内中に消費したいものです。

ボジョレーヌーボーは、フランスを代表するワイン産地・ブルゴーニュワインの一つに分類されます。一般的なワインは熟成させることで深い味わいを造り出しますが、ボジョレーヌーボーは、熟成工程前に瓶詰めされることから、フルーティーでフレッシュな味わいが特長で、渋みはほとんど生成されません。ボジョレーヌーボーの生き生きとしたフレッシュな酸味は、たっぷりとレモンを振りかけた生牡蠣や白身魚の塩焼きなどとの相性は抜群です。「牡蠣にシャブリ」という言葉がありますが、この組み合わせは、シャブリの香りより牡蠣の生臭さの方が強調されます。しかし、牡蠣とボジョレーの組み合わせは、牡蠣の生臭さが強調されず、ボジョレーの風味も活かされるため、特に相性の良い組み合わせ。私のお気に入りのマリアージュです。

今から約50年前、ボジョレー地区に一人の天才が現れ、低級で安いワインを生産していた同地区に変革をもたらしました。名門の醸造家にして、現在世界約120ヶ国と取引を行っているワイン業界きっての流通改革者、ジョルジュ・デュブッフ(82歳)です。「ボジョレーの帝王」と呼ばれており、ワイン愛好家でこの人の名前を知らない人はいないでしょう。かつては、地元のガブ飲み用のワインでしかなかったボジョレー地区の素朴な地酒を、1970年代、経済大国・アメリカと日本にターゲットを絞った輸出で大成功を収め、たった一代でボジョレーワインのステイタスを築き上げました。現在、ボジョレーヌーボーの世界消費量の約半数は日本、2番目の消費国はアメリカの約15%ですが、ボジョレー地区の生産者にとってみれば日本は最大のお得意様。この仕掛け人の中心人物は、ジョルジュ・デュブッフです。

ジョルジュ・デュブッフの流通改革によって、ボジョレーヌーボーの需要は増し、徐々に生産が間に合わなくなりましたが、ジョルジュ・デュブッフはこれを解決すべく、ボジョレー地区の生産者の組織化を推し進め、約400軒もの生産者と契約するなど、地域内で大量生産体制を整えました。さらには、熱心に研究を重ね、品質を向上しつつも生産スピードを速める急速発酵技術も向上させ、画期的発展を遂げました。もともとボジョレー地域のワインは、品質にバラつきのあるガブ飲みワインの典型的存在でしたが、ガメイ種(ボジョレーのぶどう品種)の持つ個性を十分に活かしたワイン造りに成功させ、ボジョレー地区中心の方々が消費する地酒から、世界が注目するワインへと成長。一人の地元産業人の存在によって、産地全体が活性化された地域ブランドの世界的好事例と言えるでしょう。

ボジョレーヌーボーは、フランス産のワインでは唯一、解禁日が設定されています。ボジョレー地区の生産者がこぞって我先に早く出荷して新酒一番乗りを名乗ろうと、早出し競争がエスカレートした結果、未熟なワインが出廻り、品質が著しく低下しました。そこで品質を守るために、1967年、フランス政府によって解禁日が設けられたのが解禁日設定の由来ですが、災い転じ、近年この解禁日によって、主に3つの効果が現れたと思います。1つ目は、ボジョレーヌーボーへの欲求の高まりと、解禁日の販売爆発力。2つ目は、バレンタイン同様、記念日を設けることによってイベント化されやすい。3つ目は、土用の丑の日には鰻を食べるように、解禁日はボジョレーヌーボーを飲むという習慣が植え付けられる。解禁日を上手くビジネスに活かしていることも、ボジョレーヌーボーのブランド戦略と言えます。

もう1点、巧みなブランド戦略を挙げると、ラベルデザインの美しさです。積極的にデザイナーを登用させており、ボジョレーヌーボーのラベルデザインの美しさは特筆すべきものがあります。フランスワインは伝統を重んじ、古典的なラベルが主流の中、ボジョレーヌーボーのフレッシュなイメージをデザインした華やかなラベルには目を惹き付けるものがあり、食卓に彩りを添えます。伝統的なフランス料理を食す際に飲まれるワインではなく、解禁日のイベントやクリスマスなどのホームパーティーで、賑やかに飲まれることをイメージしてのラベルデザインなのでしょう。新酒という、ワイン業界では異質な存在だからこそ出来る様々なブランド戦略。近年、ボジョレーヌーボーの日本の輸入額は下降線を辿っているものの、ボジョレーヌーボーのブランド戦略は、より一層学んでいきたいものです。