[第84号]銅素材の今後の行方

 江戸時代、日本は世界一の銅産出国として、世界の約3分の1の銅を産出しており、日本の重要な産業の一つでした。また、当時、輸出の大部分を占めていたのが銅です。日本で産出された銅が外貨獲得源であり、日本の銅は室町時代に輸出が始まって以来、主にアジア各国の貨幣鋳造を支えてきました。ベトナムの通貨は「ドン」ですが、これは銅の意で、日本の銅を輸入して銅銭を鋳造していたことが「ドン」の由来となっています。江戸時代に銅山を積極的に開発してきたことは、外貨獲得だけでなく工業化にもつながっており、日本がいち早く近代化出来た理由の一つとして銅山開発が挙げられ、工業化で必要な銅という資源を自前で確保出来たことは、日本の工業化を大きく促進させた要因にもなっています。

 新潟県でも複数の銅山が存在し、中でも弥彦山の日本海側に位置する間瀬(まぜ)銅山は、優良な銅に加え産出量も多く、新潟県燕市の金属加工産地形成の礎となりました。先日、社員研修として、地元・間瀬(新潟市西蒲区間瀬)ボランティアの方々のご案内で、間瀬銅山跡を見学してきました。燕の金属加工業を支えた間瀬銅山は、今は燕市民でさえ、存在を知る人が少なくなっているのが現状です。地場産業は、近郊で素材の入手が可能であることが産地形成のための条件であるため、間瀬銅山の存在が無ければ、新潟県燕市の金属加工業は存在していなかったことになり、母なる大地として、その多大なる功績を後世に伝えていきたいと思っています。

 間瀬銅山は1701年より採掘が始まったとされ、江戸〜明治に掛けては小規模な銅山でしたが、大正初期の銅需要の高まりと共に採掘の範囲を拡大。1912年(大正元年)〜1915年(大正4年)の4年間が最盛期で、260〜350名ほどの労働者とその家族が銅山近くで暮らし、その4年間は銅の産出量全国第5位となりました。日本国内の銅山は、主に国内外の銅の需要対応として銅が採掘されましたが、間瀬銅山の場合、主に地場産業である燕の銅器の材料に使用されていたことが特色です。採掘された銅は日本海と信濃川を経由して燕に運ばれ、燕の職人が銅器やキセルなどを製作しました。しかしながら、第1次大戦終結後の1920 年(大正9年)に発生した戦後恐慌の影響と採算性の悪化などにより、同年閉鉱となり、以降、稼動すること無く現在に至っています。

 現在、採掘に掛かる人件費などの問題で、日本での銅産出量はゼロ。日本が銅を産出しても、銅の相場とはかけ離れた価格となり、現在は全て輸出品に頼っている状態です。銅は鉄・アルミに次いで世界で3番目に多く消費される金属で、世界貿易で年間約300億ドルが動く重要な貿易品目です。世界一の銅産出国はチリで、世界の銅産出量の32%。チリのGDP10%は銅鉱山からもたらされており、チリの国家経済を支える産業となっています。世界第2位の銅産出国は中国で、世界の銅産出量の9%、次にペルー7%、アメリカ6%、オーストラリア5%と続きます。チリの銅山は1990年代から産出量を大きく伸ばしており、それに応じて、住友・三井・日鉱などの日本企業が次々と出資。日本へ流通されている銅は、日本企業の出資の関係上、主にチリから産出された銅を使用しています。

 銅の需要の多くは送電線ですが、近年、IT機器に不可欠な金属でもあり、発展途上国の経済が発展すればするほど、需要が急増する性格を持つ金属です。現地点での世界の銅の可採埋蔵量は約5億トンと言われており、年間産出量は約1500万トン。銅は約1万年前から採掘されてきましたが、採掘量の95%は1900年以降のわずか百数十年間であり、新たな銅山を開拓しなければ、あと約30年で銅は枯渇すると予測されています。しかも、莫大な人口を抱える中国とインドの経済成長次第では、銅の枯渇はさらに早まるとの見方もあります。不況や人件費の問題で、日本の銅山は戦前から戦後にかけて全ての銅山が閉鉱し、今は日本の銅山の世界的功績を、「産業遺産」として後世に伝えていく動きが活発化していますが、数十年後は産業遺産どころか、再稼働を検討しなければなりません。

 来年2016年、創業200周年を迎える弊社にとっても、約30年後に予測される銅の枯渇は、今後深刻な問題となり、次の100年は素材入手が経営に大きな影響を与えてきます。枯渇の前に、銅価格の異常な高騰が予測されますが、銅が入手できなければ、必然的に他素材での製造を余儀なくされます。弊社は手作業で銅を加工する関係上、銅の仕入れは微量のため、銅の枯渇の前に大量に銅を仕入れれば、一定期間の銅器製造は維持できるものの、永続的に銅器を製造できる保証はありません。世界的な銅山開拓が進まなければ、地元・間瀬銅山の再採掘を視野に入れる必要性も出てくるでしょう。人口増と急激な工業化に伴う資源の需要増で、将来的な資源枯渇は、銅に限らず、様々な業界で同様な問題を抱えることになります。多くの資源は枯渇までのタイムリミットが近づいています。世界規模で、資源を見つめ直す機会が必要です。