[第80号]手漉き和紙技術の無形文化遺産登録

 昨年2014年11月、ユネスコは日本政府が推薦した「和紙・日本の手漉(てすき)和紙技術」を無形文化遺産に登録しました。2013年の「和食」に続く登録です。この度登録されたのは、「石州半紙(島根県浜田市)」「本美濃紙(岐阜県美濃市」「細川紙(埼玉県小川町、東秩父村)」の3つの和紙の手漉き技術で、石州半紙は2009年に単独で無形文化遺産に登録されていましたが、日本政府は登録の枠組みを拡大させ、技術伝承の体制が充実している本美濃紙と細川紙を加えてユネスコへ再提案しました。このため日本からの無形文化遺産の登録件数は、歌舞伎や雅楽など合計22件のまま変わりません。和食の無形文化遺産の登録によって、日本の食材や調理法を世界へと発信する動きが急激に広がり、海外での和食ブームを加速させましたが、これからは和紙に対しても世界各国から注目が集まりそうです。

 長い歳月を経て日本人の生活文化に深く浸透してきた和紙。約1300年前の和紙が奈良・正倉院で現存されているように、日本の文化に欠かせない素材として1000年以上とも言われているその耐久性の高さは、世界にも類を見ません。その和紙の優れた耐久性は、昔から海外でも高く評価されてきており、ヨーロッパの美術館などでは、貴重な絵画の修復に和紙が重宝されています。和紙の原料は、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの他、パイナップル、竹などがあり、原料の違いによって和紙の風合いも異なりますが、この度無形文化遺産に登録された3つの和紙は全て楮のみを原料としています。楮は光沢があり、雁皮や三椏に比べると繊維が長いため、美しい和紙を漉くことができます。

 和紙の産地は全国で87産地あり、そのうち、経済産業大臣指定の伝統的工芸品は9産地指定されています。伝統的工芸品産地の指定には、産地として100年以上経過、産地内に10企業・30名以上の従事者など、5つの基準があります。伝統的工芸品産地、ほぼ全体的に言えることですが、和紙の業界も職人の減少と売上の低下は深刻です。知人の和紙職人の話によると、ここ15年間で全国の和紙職人は半減したとのこと。伝統工芸従事者の約40%の職人(特に高齢の個人業者)が年収100万円以下と言われており、和紙の業界でもほぼ同じような傾向にあるともお聞きしました。しかしながら、近年、和紙を活かした新ビジネスを立ち上げる企業が次々と出現し始め、今回の無形文化遺産への登録をきっかけに、和紙を活かした新ビジネスの増加は、さらに加速していくことが予想されます。

 和紙を活かした新ビジネスとして、インテリアや照明器具などは、既に世界的に広く流通されるようになりましたが、最近は、和紙を使用したファッションに注目が集まっています。下着や靴下、ジャケットにブラウス、さらにはウエディングドレスとバリエーションは豊富です。和紙は布地に比べ軽くて強度があり、保温性も高く、有名ブランドも和紙素材を活かすようになりました。畳業界も和紙に着目し、和紙素材の畳が流通されています。「和紙畳」と呼ばれ、材料にイグサを使用せず、和紙を使用した畳です。 カラーバリエーションも豊富なため、和室以外にも応用でき、和紙を活かした新たな産業として今後の需要拡大が期待出来ます。和紙畳は色褪せしにくく、ダニやカビの発生をおさえるためアレルギー体質の方にも安心。表面には撥水加工を施しているため、シミが付きにくいなどの特徴もあります。

 このように新ビジネスに使用されている和紙の多くは機械漉きによる和紙であり、手漉き和紙とは異ります。和紙は一般的に工芸品として位置付けられていますが、一方では大量に生産される工業製品としても捉えることができます。和紙には手作業で漉かれた「手漉き」と、機械力を活かして漉かれた「機械漉き」による技法があり、現在流通されている和紙の80%以上は機械漉きによるものです。手漉きは、夏場よりも冬場の不純物の少ない澄んだ水の方が美しい和紙が漉けるため、厳寒期の12月〜3月頃が良質な和紙が生産出来る最適期ですが、この厳しい寒さの中での作業は過酷で、後継者難の原因の一つとして挙げられています。一方、機械漉きの技術は年々目覚ましく進歩しており、手漉きとほとんど変わらない品質が開発され、手漉きでは限界のあった紙サイズの大型化とコストダウンも実現させました。

 機械漉きで生産された安価で高品質な和紙が市場を席巻し、和紙職人の手によって丹精込めて漉かれた手漉き和紙が危機的状況にあります。「和食」の無形文化遺産は、和食というカテゴリーそのものが登録されたため、和食業界全体が恩恵を受ける形になっていますが、この度の和紙の登録は、あくまで石州半紙、本美濃紙、細川紙の3産地のみの登録であり、他産地の手漉き和紙技術に対しては登録対象外です。対象外の産地は、登録産地との格差が広がり、逆に産地衰退を危惧する声も聞かれますが、追加登録を目指してさらなる発展を目指して欲しいものですし、登録された3産地には、和紙産地のフラッグシップとして、技術の継承と発展だけでなく、手漉き技術による和紙の魅力を明確化させ、より一層の情報発信力と市場対応力が求められます。機械漉き和紙のシェアが年々拡大していく中、この度の無形文化遺産の登録によって、手漉き和紙のあり方を見直す機会にしていきたいものです。