[第79号]ニューヨークから発信する日本酒文化

  世界中の美味しいものを自由に受け入れ、常に新しい情報を発信するニューヨーク。そんな食の激戦区で、近年、人気上昇中の食が和食です。ニューヨークはビジネスでも激戦区のため健康志向が強く、ヘルシー志向の和食はニューヨーカーのライフスタイルにもピッタリ。ニューヨークを筆頭に海外では和食レストランが年々増加していますが、それに伴い、日本酒の輸出量は毎年二桁前後の伸びを見せ、アメリカは世界一の日本酒輸入国として約30%のシェアを誇ります。中でもニューヨークは、最も日本酒文化が浸透している都市であり、大吟醸クラスの高級酒も盛んに流通され、和食と日本酒はニューヨークの食文化として確実に定着しつつあります。

 レストランガイド「ザガット・ニューヨーク版」において、平均点評価NO.1 は和食で、次にフランス料理と続き、多数の料理カテゴリーの中で和食が最高評価を得ています。また「ミシュランガイド・ニューヨーク版」でも、3つ星を含め、和食のお店が多数星を獲得しており、ニューヨークにおいて和食の存在は際立っています。そのような高級店以外でも、「Izakaya(居酒屋)」「Yakitori(焼き鳥)」「Robatayaki(炉端焼)」など、カジュアルに楽しめる和食もニューヨークの食文化として定着しつつあり、ニューヨークでの和食ブームを後押ししています。特にizakayaが急激に増えてきており、どのお店も軒並み盛況。その注目度の高さにニューヨーク・タイムズでは特集記事が組まれるなど、今後、Izakayaはニューヨークの新しい食のスタイルとして、ますます脚光を浴びていくものと思われます。

 ニューヨークでは、和食以外のレストランでも日本酒がレストランメニューにリストアップされるようになりました。中でも最近、ニューヨークで人気の高い日本酒がスパークリング日本酒です。アメリカ人は甘い炭酸飲料を飲んで育っているため、フルーティーでヨーグルトのような酸味のあるにごりが特色のスーパークリング日本酒は、特に日本酒初心者の方に受け入れやすいそうです。それを入り口として、辛口の純米や大吟醸などに関心を持たれる方が多いようです。農耕民族である日本人と狩猟民族のアメリカ人では味覚が異なり、飲む相手が日本人ではないため、スパークリング日本酒のように、アメリカ人に分かりやすい日本酒の開発も不可欠となります。日本で売れている日本酒をそのまま持ち込む手法は基本路線としても、米国風に味や香りをアレンジする手法は、今後もさらに研究していく余地があるでしょう。

 ニューヨークで唯一の日本酒専門店「SAKAYA」。日本人も多く住むイーストビレッジに位置し、和食のお店も多いことからリトルトーキョーと呼ばれている地域です。日本全国様々な日本酒、しかも大吟醸クラスの高級酒がズラリと陳列され、場所柄購入者は日本人が多いと思いきや、ニューヨーカーの日本酒ラヴァー御用達のお店となっています。最近ニューヨークでは、ワインショップでも当然のように日本酒を取り扱っていますが、
、商品説明がきちんと出来るお店は稀かと思います。その点、SAKAYAでは、様々な料理や食文化に通じている粋人のアメリカ人店主が、懇切丁寧に自らの知識や経験をお客様に伝え、ニューヨークの日本酒文化啓蒙の第一人者として、日本酒業界で知らない人はいない存在に。このようなお店は、さらに増えて欲しいものです。

 「酒は器を選び、器もまた酒を選ぶ」という格言があります。ニューヨークに限ることではなく、海外全体に言えることですが、日本酒をワイングラスで飲む光景をよく見かけます。しかし、日本酒本来の味覚を味わう事ができず、間違った飲み方です。同じ日本酒を上部の広がった口広形のぐい呑、上部がすぼんだワイングラスで飲み比べてみると、その味覚の違いは歴然です。ぐい呑は手首のスナップだけで飲めますが、ワイングラスは顎が上がります。したがって、口の中への日本酒の入り方、酒量が異なり、味の感じ方が違ってきます。ぐい呑は日本酒が舌の上から喉に向けて素直に流れるため、日本酒本来の味わいを引き出し、そして、まろやかに感じます。海外ではぐい呑があまり普及していませんが、ぐい呑の普及も、海外での日本酒文化啓蒙のための重要な戦術の一つです。

 海外で日本酒文化を啓蒙させるためには、その蔵元の歴史背景を伝えると共に、食中酒としての特性を活かした現地の食材や調理法との相性、そして、正しい酒器の使い方などをしっかりと説明できる現地ビジネスパートナーの増強が不可欠です。そして、日本酒のラベルデザインもさらなる改革が必要でしょう。ワインの新参者であるオーストラリアや南米のワインラベルは、グラフィックデザイナーが積極的に関与し、優れたラベルデザインを輩出しています。テストマーケティングにおいて、的確な反応を得ることの出来る海外都市の筆頭はニューヨークであり、良いと認めたものに対しては敬意を払い、相応の値段を払う土地柄もニューヨークです。日本酒文化をニューヨークから世界へ、そして逆に日本へと発信させることで、日本酒は新たな時代の幕開けとなることでしょう。