[第77号]フランスのワインツーリズムに学ぶ

 外国人旅行者を自国へ誘致するインバウンドが、日本の成長戦略の重要なポジションを占めています。日本は海外旅行(アウトバンド)に比べ、インバウンドの数が著しく少ないことから、日本政府は外国人観光客を増加すべく、ビジット・ジャパン事業(訪日旅行促進事業)を発足させました。2013年には、初めて外国人観光客数1000万人を突破し、2020年東京五輪開催時には、2倍の2000万人を見込んでいます。しかしながら、外国人観光客は、東京、京都、大阪を中心とした大都市に集中し、地方都市まで浸透していないのが現状です。そのインバウンド戦略を最も上手く活かしている国は、世界一の観光国フランス。パリをはじめとする主要都市だけでなく、地酒であるフランスワインを観光のコンテンツとし、地方都市も外国人観光客で賑わいを見せていることがフランス観光の特色と言えます。

 誇り高きフランス人の最高の自慢は、何と言ってもフランスワインです。ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ローヌ、アルザスなど、ワインラヴァー垂涎の地域が点在しますが、フランスには約470のワイン産地があり、産地、生産者、品種、製法、年代などの違いにより、味のバリエーションも無数に存在します。そのワインの複雑さ、奥深さに魅了されるワインラヴァーは年々増加しています。ワイン生産者を訪れ、ワイン造りの工程に触れ、その街のワインに関わる人々と出会う。これがワインツーリズムです。産地とその周辺の美しい小さな街を訪ねることは、フランスならではの旅のスタイル。ぶどう畑が広がる爽やかな風を感じながら、その地域が育んだワインで乾杯、そして、その地域の名物料理を楽しむことは、生涯忘れられない思い出の旅となることでしょう。

 これからの農業モデルは、第6次産業として近年注目されていますが、フランスは以前から第6次産業を実現しており、また、収穫したワインの付加価値を高めることにも長けている国です。フランスワインは世界で最も価値が高いと言われていますが、法律で定められた原産地呼称制度により品質管理が徹底され、高品質なワイン生産を長年継承し続けています。ワイン・ツーリズムが活発化する中、ボルドーの名門「シャトー・ムートン・ロートシルト」は、構内にワイン美術館を開業し、「シャトー・ランシュ・バージュ」は直営ホテルを開業するなど、大手生産者が観光客を積極的に受け入れる姿勢を示すことによりに、ワイン・ツーリズムの機運をさらに盛り上げています。このような事例は大手生産者だけでなく、小規模なワイン生産者でも実践されつつあり、自宅を改装し宿泊施設やレストランを開業するなど、地域を挙げて観光客を受け入れる事業が次々と展開されています。

 中でも注目すべき地域は、シャンパーニュ地方です。パリから高速鉄道TGVで約45分、スパークリングワイン世界最高峰の産地として知られています。ランス(人口約20万人)、エペルネ(人口約3万人)を中心に生産されており、シャンパンに特化した国際観光産業都市として、それに付随する高級宿泊施設、高級レストランも充実しています。モエ&シャンドンの見学者1日約200名を筆頭に、見学者の受け入れ体制が整っており、生産者巡りが観光ルートとして確立されています。シャンパーニュ地方はシャンパンという農産物だけでなく、観光産業としてサービス業においても高い収益を上げており、住民一人あたりの年収(特にエペルネ)はフランスで最も高く、地場産業の世界的成功事例と言えます。シャンパーニュ地方で生産されたスパークリングワインのみがシャンパンと名乗れるなど、製法・品質基準はフランスの中でもさらに厳格で、その他、地域内で実践されているブランディング手法の数々は、見習うべきものがあります。

 第二次世界大戦以降、徐々に広がりを見せたワインツーリズムですが、当初、生産者と観光関連事業者は連携しておらず、観光客向けの情報は地域によってバラつきがあったと言います。次第に観光客向けの受け入れ体制が整い始め、世界一のワインツーリズム国として認知されるようになりましたが、2009年に設立された政府主催の「ワインツーリズム評議会」の設立により、さらなるワインツーリズム活性化の取り組みが行われています。これにより、生産者、レストラン、ホテル、旅行企画社などが、行政機関と連携しながら、ワインを中核とした産業クラスターが形成され、ワインに限らず、ホテルやレストランなども国レベルの認証制度を設け、ワインとサービスの品質向上を目指しています。また、生産者と観光関連事業者を積極的に連携させることで、地域全体の経済効果の波及を共通の目標とし、ワインツーリズム国として、より一層の地位確立を図っています。

 日本の観光の取り組みは、特定の地域や特定の観光資源が個々に語られることが多いのが実情です。「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の食文化に世界中の注目が集まる中、和食に留まらず、日本酒、日本茶など、その背景にある食関連の文化も合わせて日本の魅力として発信していきたいものです。さらに重要なことは、それら食文化と全国各地域の地場産業を融合させることで地域資源を掘り起こし、地方都市にも外国人観光客を誘致することによって地域活性化につなげていくことが、日本のインバウンドのあり方であり、かつ、日本の経済成長に欠かせない要素となっていくものと思います。それぞれの地域の特色を売り出すだけでなく、全国共通の観光のコンテンツを基にした観光スタイルを提案していくシステム作りが必要不可欠となっており、その意味でもフランスのワインツーリズムの取り組みは、日本の観光政策にも示唆を与えてくれる好事例と言えます。