[第70号]着物はファッションの王道

「最近、着物を着たことはありますか?」あるアンケートによれば、3年以上着ていない方は半数以上、さらに、今まで着たことも無いという方は、30%という数値が出ています。男性対象のアンケートでは、さらに数値は上がり、20〜30代の男性で今まで着たことが無いという回答は何と約80%。男性はますます着物を着ない傾向にあります。着物は日本が誇る世界的民族衣装ですが、ここ数十年、急激な着物離れが起きており、その結果、日本のタンスには実に約8億枚という、途方もない数の着物が眠っていると言われています。しかし、「着物を着てみたい」と、興味を持つ方は年々増加しているとも言われ、今後、その傾向はさらに強まるのではないかと予測されています。今、着物は、にわかに注目が集まっているのです。

 着物が時代から取り残された原因の一つに、着物の高価格が挙げられます。それは、着物業界の旧態依然とした流通経路にあります。 製造元→総合卸問屋(一次問屋)→地方問屋(二次問 屋)→小売店(呉服店)→消費者。このような複雑な流通経路を経て、ようやく消費者の手に渡るのですが、それぞれが価格を上乗せするため、必然的に着物は高価格となります。このような高コスト構造を打開しない限り、着物業界の発展は見込めません。そして、複雑な分業体制も問題となっています。今までは、工程ごとにその技術に特化した熟練の職人が手際よく生産していましたが、生産過程のどこかで、廃業や跡継ぎを欠いてしまうと、以前と同じような工程で着物を作ることが出来なくなり、近年、そのようなケースが発生、問題化しています。

 また、戦後は主要商品がフォーマルに特化されたことも着物離れの原因となっています。冠婚葬祭の用途が中心となり、結果として高級品ばかりが生産されました。そして、1970年代をピークに着物の市場が縮小して以来、着物の生産技術は1970年代からほとんど変化しておらず、ファッション業界のように最先端の染織技術を活かした生産は行われていません。洋服はグローバル規模でファストファッション化されたことにより、毎年のように高品質低価格を実現させていますが、着物業界は設備投資が出来ず、古い設備のまま生産を続けています。継承された伝統技術を活かした製品開発は業界の根幹となりますが、裾野を広げるために、時代のニーズを反映させた高品質低価格の着物も求められ、着物文化を発展させるためには、その両輪が必要です。

 メーカーが直営店を持つことはタブーとされていた着物業界。それを脱却する動きも出て来ました。博多織の老舗「岡野」が展開する着物ブランド「awai」は、2008年、六本木に直営店を開業。自社で製造したデザイン性、機能性に優れた魅力的な着物を次々と開発し、特に都内の着物人口増加に大きく寄与しています。一方、海外進出を模索する着物メーカーも出始めて来ました。パリをはじめ欧州の国際見本市では生地見本市が開催されており、そこで着物や帯の生地を展示することで、着物生地を活かしたドレスや鞄など、世界ブランドとのコラボ事業も可能です。今のところ未出展のようですが、リビング・インテリア業界の国際見本市に出展すれば、家具やテーブルファブリックなどのメーカーに着目され、着物生地を活かした新ビジネスも期待できます。

 先日、経済産業省「がんばる中小企業300社」の表彰式でご一緒した新潟県十日町市「きものブレイン」。十日町は京都西陣に次ぐ着物産地ですが、バブル崩壊後、売上を約20倍に伸ばした、着物業界では数少ない成功企業です。もともと着物販売を行っていましたが、思い切って販売を廃止して、高度な着物の染み抜き設備を導入。染み抜き専門会社へと転身しました。すると、全国から染み抜きの依頼が殺到し、「染み抜きなら、きものブレイン」と認められるような存在に。岡元社長は「高い着物が売れていたのに、アフターケアという概念が業界にはなかった」「先代から受け継いだ汚れた着物を活かしたいという思いは、多くの国民が思っているはず」。業界の隙間に着目し、ランチェスター戦略の王道を行く革新的企業です。

 その方に似合う着物、似合わない着物はあるとしても、基本的に日本人は着物が似合う体型、顔立ちをしています。業界の古い体質を打開し、新たな取組を実践している企業が次々と出現している今、これからの着物市場に注目してきたいものです。そして、約8億枚の着物がタンスの中に眠っていると言われている日本。その着物をリユースする動きも活発化させ、その約8億枚を活用していくことが出来れば、まさに着物時代の再来が期待できます。着物は時代の流れの中で、幾度ものモデルチェンジを繰り返し、今日の着物デザインが存在しますが、現代のライフスタイルに即したデザイン、さらには、着やすく動きやすい機能性も加味していくことも今後の課題です。着物は日本人としての魅力をさらに引き出すことが出来るファッションの王道。着物ブームが興れば、日本はより豊かな国になりそうです。