[第52号]高付加価値コーヒーのブランド化

   コーヒーの日本伝来は18世紀後半、長崎の出島です。その際、コーヒーは「珈琲」という文字が当てられました。コーヒーの花が玉を下げた簪(かんざし)に似ていることから、玉飾りを表す「珈」と、玉をつなぐ紐を表す「琲」を組み合わせたと伝えられています。この二文字に込められた趣は、モダンで洒落た雰囲気を醸し出し、日本には喫茶店文化をはじめとする、独自の珈琲文化が育成されました。日本初の喫茶店は、1888年(明治21年)、東京上野の「可否茶館」。文明開化に花を添えるハイカラな飲み物として特権階級の方々にもてはやされ、その後、「カフェー」と呼ばれる喫茶店が全国的に普及していきました。コーヒー独特の香りに人々は惹き付けられ、瞬く間に評判を呼び、国民的飲料として発展を遂げていきます。

 世界で最も多くの人々に愛飲されている飲料、コーヒー。現在、コーヒーの味覚は、いかに「酸味」を評価するか、という点に基軸が移されています。以前、コーヒーの酸味はネガティブな意味で用いられましたが、生豆、道具、抽出法などの進化により、「酸味の口当たり」「酸味の風味」「酸味の後味」など、酸味は美味しいコーヒーの欠くべからざる評価軸となっています。また酸味は、温度による影響を受けにくい味覚のため、ホットでもアイスでも、ほとんど同じような味覚を体感できることが特色です。ワインも酸味の良し悪しが品質基準の大きな判断材料になっていますが、コーヒーにも同じ事が言えます。いかにして洗練された酸味が際立つ、美しい味わいを表現できるか。コーヒーの酸味には、深く豊かな世界が広がっており、その洗練された酸味の追求に、コーヒー業界は日々努力を続けています。

 コーヒーは食品にも関わらず工業的側面が強く、美味しく淹れるためには、多種多様な道具が必要不可欠であるという、飲料としては稀有な存在です。アルコール、ジュース、お茶などの飲料は、既に飲料として、もしくはお湯を注ぐのみで成り立ちますが、コーヒーは生豆の状態で流通されるため、「豆の個性をどのように活かすか」は、道具の使い方やその人の味覚によって千差万別です。自分好みの生豆の活かし方を追求すべく、美味しく淹れるための道具は、昔から盛んに開発されてきました。代表的な道具の一例です。18世紀には、フランス:ネルドリップ(布製のドリップ)。19世紀に入ると、フランス:ドゥ・ベロワ(コーヒーポット)、フランス:パーコレータ(抽出用器具)、ドイツ:コーヒーサイフォン(抽出用器具)、イタリア:エスプレッソマシン、ドイツ:ペーパードリップなど。

 コーヒーを美味しく飲むための道具は、年々画期的発展を遂げ、多数のコーヒー道具のブランドが誕生しています。コーヒーの味覚を追求すればするほど、道具に傾倒しなければならず、またそこにコーヒーを楽しむ喜びを感じる方が多いもの。古いビンテージの道具から最新のハイテク道具まで、世界中には多数のコーヒー用の道具があり、こだわりの喫茶店では、ビンテージの道具を使用し、五感をフル活用させ、ご主人の感覚的な作業で極上のコーヒーを淹れるお店も多数存在します。中でも焙煎は見応え充分。数秒単位で味が変化する豆を、最高の状態に仕上げていくためには、高い集中力を要します。生豆と道具に全神経を集中させ、色、香り、艶を見ながら判断しますが、その仕草を拝見することも、コーヒーの味わいの一つでしょう。コーヒーとは、コーヒーの道具と共に歩んできた文化であるということを、感じさせてくれます。

 また、最近のコーヒーのブランディングとして、国や地域単位ではなく、農園単位でとらえ、栽培技術の改良による生産性の向上や生豆の品質の向上が実践され、豆本来の味をさらに引き出すためのプロジェクトが活発化しています。これまでは、国や地域がブランド化されていましたが、経営の近代化が進み、生産者のブランディング意識向上によって、農園にもスポットがあたるようになりました。農園レベルで豆が評価されはじめており、さらにはコーヒー畑の位置にまでこだわるスペシャリティーコーヒーも登場しています。今後、コーヒー業界は、農園ブランドとしての認知度が高まっていくと言われています。ワインの世界最高峰・フランスのブルゴーニュ地方では、地域内それぞれのブドウ畑と生産者がブランド化され、農作物ブランドの世界的な成功事例となっていますが、コーヒー業界でも同じような傾向に進みつつあります。

 世界的に品質が向上され、さらには農園のブランド化が進行していることに伴い、豆の個性は明確化、多様化しています。そして、それぞれ個々に合わせた焙煎、抽出がより深く求められるようになると、それに追随し、コーヒー道具の業界も新技術、新デザインを次々と開発。上質なコーヒー豆の登場と最新鋭の道具の登場によって、コーヒーはよりいっそう味わい深く、香り高くなってきており、将来、どのような味覚にまで登りつめるのか、また、どのような画期的道具が誕生してくるのか、その可能性は無限大です。コーヒーの世界には、開拓出来る奥行きが無限に広がっており、大量生産・大量消費の製品と共に、高級産地のワインのような高次な嗜好品としての位置付けを目指し、ブランディングが実践されています。今後、高付加価値としての新たなコーヒーのマーケット確立が見込まれ、生豆にも道具にもこだわるコアなコーヒー愛好家は、世界規模でさらに広がっていくことが予想されます。