[第48号] 郷土の食材を活かした食文化の啓蒙

 近年、「スローフード」という考え方が定着し、それに伴って、「身土不二(しんどふじ)」という言葉も用いられるようになりました。「人(身)とその郷土(土)は密接な関係があり、別々に存在するものではない(不二)」という思想です。人と土は一体であり、人の命と健康は食べ物で支えられ、食べ物が土を育てる、故に人の命と健康は、その土と共にあるという捉え方。地元の食材に対する理解を深め、それを食することが人間の健康に良い影響を及ぼすだけでなく、食の考え方を見直し、それを地域活性化へとつなげる動きも活発化しています。

 「スローフード」の概念は、1980年代中頃、イタリアで生まれ、発祥団体であるイタリア・スローフード協会によって、スローフードの考え方が世界中に啓蒙されています。スローフードとは、「郷土の食材・料理を守る」「郷土の味を伝える」「郷土の生産者を守る」という考え方です。イタリアの食文化は、郷土の家庭料理がベースにあり、郷土色溢れる各地域の食への愛着と誇りは、世界的に見てもトップレベル。また、イタリアでは、世界初の食科学大学を創立するなど、食教育のプログラムは、世界的にも抜きん出た存在として知られています。

 スローフードの生まれた背景には、ファーストフードに象徴される企業の画一化された食の進出に対する警戒の念です。ファーストフードの市場拡大によって、地域の多様な食文化が衰退し、人工的な味で味覚が鈍り、また、大量生産、大量消費の農畜産物は、日本国内の農畜産物衰退の一因にもなっています。食の原点を見直し、スローフードを通じて、人と人、人と自然の関係性を、豊かで潤いのあるものとし、地域文化の継承と活性化に貢献していくことが求められています。そして、特に子供たちに対し、食や味覚の感性を育んでいくことも、今後の大きな課題と言えるでしょう。

 日本は食材に大変恵まれた国です。特に魚。イタリアと同様、南北に細い海に囲まれた列島のため、魚介類が非常に豊富で、しかも日本は、漁る、運ぶ、魚目利きなど、それぞれに高度の技術を要した専門家が存在しており、調理場まで運ばれるまでの魚の保存状態は、世界一と言われています。そして、日本は幕藩国家、イタリアは都市群国家であったため、個性の強い独自の文化を築き上げ、それに対する地域性豊な郷土料理が存在。食のバラエティーに加え、農畜産物の育成技術も世界トップレベルにあります。全国どの地域にも、世界に通じる「食の都」になりうるポテンシャルを秘めた、まさに食の宝庫です。

 「地産地消」という言葉がありますが、これからは地産の食材を「消」費するだけでなく、「活」かして積極的にクリエイトしていく「地産地活」が、日本の食の鍵であると考えています。この地産地活で活路を見出す生産者や料理人が、さらに出現してほしいと思っています。全国各地の最高の食材は東京へ流通され、競争激しく顧客の厳しい東京に身を置くことで、料理人の技術や感性が磨かれていきます。しかし、地方に日本の食をリードする人材も現れており、そのような存在が増えていくことは、スローフードや身土不二という概念を各地域にもたらし、日本の食文化の発展に大きく寄与していきます。

 日本ではもう一つ、「食育」という言葉も定着しています。体に良い「食」を学び、選ぶ力を「育」てるということ。国民一人一人が生涯を通じた健全な食生活の実践、食文化を継承していく意識を高めていくことは、最終的に大きな国益にもつながるため、国策として実践されています。地元の食材を見直し、生産者、料理人、消費者が共に手を携え、人々が心身共に健康になれる社会づくりを目指すことが、これからの日本の社会において、とても重要なことです。「人」に「良」い。この言葉を組み合わせると「食」となります。食をキーワードに、国民一人一人が美しい身体を保ち、美しい郷土、そして、美しい日本を構築していきたいものです。