日本にもワイン文化がかなり浸透してきました。私もワインが大の趣味ですが、ワインの虜になったのは、10年程前、オーストリアのグラス製造メーカー 「リーデル社」主催のワイングラスの講習会に参加したのが事の始まりです。そこで驚いたのは、同じワインを形の異なるグラスで飲んでみると、味わいが変 わってくるのです。その時、ワインの奥深さと共に、ワイングラス製作を通じ、あらためてモノづくりの原点を学ぶことが出来ました。
オーストリアのリーデル社は、1756年創業のグラス製造の名門メーカーで、リーデル家10代に渡ってガラス製造技術を受け継いできています。約40年 前、リーデル9代目クラウス・リーデル氏は、ワイングラスの形状でワインの香りや味覚の感じ方が変わることに気付き、ワインの世界に新たな一石を投じた人 物です。
以来、リーデル社は、「形は機能に従わなければならない」という理念のもと、デザインの発想は製図板の上で生むものではなく、世界中のソムリエの協力を もとに試行錯誤を繰り返し、それぞれのワインの持つ性格を最大限に引き出すワイングラスを発表しました。リーデルのワイングラスは、機能性と形の美しさが 両立し、大変優雅な気分でワインを堪能することが出来ます。
そのグラスの形状は、ワインの香りとワインの流れに関連性があります。ワインの香りは、単に赤ワイン、白ワインという区別だけはなく、ブドウの品種に応 じて様々な形状が構成されており、その品種に適した大きさと形が必要となります。ワインの流れとは、ワインが最初に舌のどの部分に触れるかによってワイン の味覚が決まるため、果実味、酸味、タンニンの強度によって、グラスが形成されます。
「形は機能に従わなければならない」。これは、建築の世界に多大な功績と影響を残したドイツの造形芸術学校「バウハウス」の教育理念でもあり、モノづく りの本質を語る言葉です。デザインは、機能性を高める作業を繰り返すことで、必然的に美しいデザインが生まれます。一生涯に渡って愛用出来る機能性を追求 し、不必要な要素を一切排除することによって、道具としての機能性と、モノとしての美しさを両立させることができると思っています。
しかし、今の世の中、機能性よりまずはデザインありき、という商品が市場にあふれています。先日宿泊した都内のデザイナーズホテルでは、建物や室内設備 のデザインは、見た目の格好は良いものの、使い勝手の悪いシャワー、洗面台、照明など、道具としての機能性がほとんど考慮されておらず、不便を強いられた ことがありました。
近年、あまりにもデザインを重視するあまり、機能性を無視した形や、流行に流された形が氾濫し、セカの中の形に歪が生じる現象が起きています。美しい形 には、形としての理由があります。今一度、ものづくりの原点を見つめ直し、人間が人間らしく生きていくためのモノづくりを行っていきたいものです。