[第40号] 人間の幸せを追求したピータードラッカー

   ピータードラッカー(1909年11月19日~2005年11月11日)は、マネジメントの父とされ、経営学の世界的権威。社会の中で形成される人間の幸せ、全員が幸せに働ける組織をテーマにその形態を追求し、それまでバラバラだったマネジメントの理論をまとめ、一般的にマネジメントという言葉と考え方を普及させた功労者です。戦後、日本経済の発展を推進させてきた経営者やビジネスマンに大きな思想的背景となったドラッカー。その人気は、衰えることを知らないばかりか、ドラッカー関連の本は近年破格の売れ行きを見せ、マスコミもこぞって特集を組むなど、ドラッカー人気はますます加熱しています。

   ドラッカーの名を一躍轟かせたのが、発行部数250万部を超え、近年稀に見ぬ大ベストセラー「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」。表紙が女子高生キャラクターで、少女マンガと間違えそうなこの本が、全国書店のビジネス書コーナーに発刊約2年が経過した今もなお平積みされているという異色の光景。昨年2010年の大ヒットを受け、今年はアニメ化、映画化もされ、「もしドラ」は大きな社会現象を巻き起こしています。これだけの注目を集めたのは、若年層にもアピールしようというマンガ本のような表紙が大きな成功要因かと思いますが、本書への反響の大きさは、プロモーション戦略の巧みさと共に、その内容も魅力的です。

  
 公立進学校の無名高校野球部が舞台で、女子マネジャーがドラッカーの「マネジメント」の理論を応用させ、弱小野球部員のやる気を引き出し、夏の甲子園出場を目指すという物語。主人公の「みなみ」は、書店の紹介でたまたま買ったドラッカーの「マネジメント・エッセンシャル版」を読んでいたところ、衝撃的な言葉に出会います。「マネージャー(経営者、支配人)には、学ぶことのできない資質、後天的に獲得することのできない資質、始めから身に付いていなければならない資質が一つだけある。才能ではない。真摯さである」。これを読んだみなみは号泣。女子マネジャーとしての資質は、能力ではなく、「真摯さ」であると認識し、その後、この本の内容の多くが野球部の組織作りへ応用できることに気付き、次第に夢中になっていきます。

   野球やマネージャーについて無知であったみなみは、そのドラッカーの本を教科書とし、野球部の組織課題へ取り組んでいきます。「野球部の事業とは何か」。「野球部の顧客とは誰か」。真摯さやイノベーション(革新)といったドラッカーのキーワードを基軸として、弱小野球部に改革を起こし、目覚しい活躍をしました。企業経営という切り口を高校野球、しかも女子マネージャーを通じて小説化していくというのは、斬新な発想。ドラッカーはイノベーションを企業の基本機能の1つとして重視していますが、「もしドラ」は、ドラッカーと女子高生を組み合わせることで、新しい価値を創造し、イノベーションを実践させています。ビジネスには、固定観念にとらわれない思考の柔らかさが大切であるということを感じさせる一冊です。

    ドラッカーのマネジメントの目的は「人を幸せにする」ということです。世間はドラッカーを経営学者と呼びますが、自身は「社会生態学者」と名乗りました。「幸せ」をテーマとした研究を続けていたからです。企業が存在する理由は「利益」ではなく、人が「幸せ」に働けるための組織づくり、また、その企業のお客様をも「幸せ」にしていくことにあります。「もしドラ」の中でみなみが実践したことも、顧問を含めた部員全員が活き活きと活動し、野球を通じて、野球部とその関係者を幸せにしていくための組織づくりでした。マネジメントとは、「人の幸せを創造していくことであり、その組織の存在によって、廻りの人々をも幸せにしていくものでなければならない」と、ドラッガーは定義しています。

   「企業とは何かを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。この答えは間違いではない。的外れである」。 ドラッカー人気が高まっている理由は、「価格競争、売上至上主義には限界がある」と、多くの現代人が実感していることが要因かもしれません。ドラッカーの本は、手っ取り早く利益を上げることを目的としたビジネス本とは明らかに異なり、「企業=営利事業ではない」と断言しています。「成長を目標にすることは間違いである。成長そのものは虚栄でしかない」。ドラッカーは人間が生き生きと働くことこそが社会を良くすると考え、
どうすれば人間を幸せにする社会をつくることができるのかを常に問い続けていました。激変する現代社会。「企業とは何か」を、あらためて問い直す必要があるでしょう。