[ 第22号 ]常に新時代を切り拓く歌舞伎の世界

東京・銀座のランドマークとして親しまれてきた歌舞伎座は、昨日(4月30日)、121年の歴史に幕を閉じ、3年後、新たな歌舞伎座として29階建ての 高層ビルに生まれ変わります。現在の歌舞伎座の建物は4代目で58年前に建築され、その雄大な建物は「国土の歴史的景観に寄与している」として、2002 年に文化庁の登録有形文化財に登録された日本を代表する建物の一つ。古き良き建物がまた一つ消えることは寂しいことであり、世界的ナショナル・シアターと いうべき歌舞伎の殿堂が高層ビルに建て替えられることに対し、異を唱える声も上がっています。

私も何度か歌舞伎座で観劇したことがありますが、劇場から発散する魅惑的なパワーは圧巻で、入った瞬間、ワクワクドキドキするような興奮に包まれまし た。劇場が放つオーラは凄まじく、日本の美意識が劇場に凝縮されたような感覚を覚え、その臨場感には大きな感銘を受けました。しかしながら、歌舞伎座は老 朽化が著しい上、バリアフリー設備が無く、耐震性にも問題がある他、役者などから舞台設備の向上を求められ、また、トイレ不足によって休憩後の公園に間に 合わない観客が続出するなど、解決すべき問題点が山積みの状態。もはや建て替えは止むを得ないという声もあります。

さて、歌舞伎は文字通り、「音楽(歌)」「舞踏(舞)」「演技(伎)」が一体となった日本が世界に誇る総合芸術です。歌舞伎の特色として、役者の個性が 挙げられます。近代劇は役者が物語に当てはまっていきますが、歌舞伎の世界は逆です。歌舞伎はお目当ての役者を見に行くという方が多く、その圧倒されるほ どの表現力、目力あふれる勇壮な表情は、物語を超越させるほどの存在感で、役者の人間力を感じ入ることが出来ます。私も初めて歌舞伎を観劇した時、全身全 霊の感情表現にいたく感動し、心から惜しみない拍手をしたことが、今も脳裏から離れません。

また、歌舞伎は常に新しい取り組みを実践しており、古典作品ばかりを繰り返し上演しているわけではありません。明治から昭和初期にかけての「新歌舞 伎」、戦後盛んになった有名小説の戯曲化など、時代ごとに新しい取り組みがありました。そして現代も、さまざまな手法とコンセプトで新しい歌舞伎の世界が 誕生しています。「スーパー歌舞伎」は最新技術と舞台装置で一大エンターテインメントに成長し、4年前、シェークスピアの作品を歌舞伎化した「十二夜」 は、マスコミでも大きな話題を呼び、まだ記憶に新しいところです。

江戸時代初期から、すでに非日常空間である歌舞伎の世界を、現代の私達がそれを変わらずに楽しんでいるという感覚は不思議なものを感じますが、これこそ が正真正銘の伝統文化と言えるのではないでしょうか。非日常空間を400年もの間、日本の伝統芸能として受け継いできた背景には、歌舞伎という文化の発展 と成長と共に、その時代時代に歌舞伎の文化を創造的に変革させてきた歌舞伎に携わる方々の努力の積み重ねにあると思っています。

老舗に伝わる理念に「変わらないために変わり続ける」という言葉があります。老舗は時代の変化を敏感に感じ取り、「変えるべきmのは変える」、「変える べきでないものは変えない」ということを明確に区別していくことで、根幹となる本質部分を何百年もの間守り抜いてきました。この度の歌舞伎座の解体には、 正直、腑に落ちない面もあります。しかし、60年ほど前に発案された建物では興行上の不便が多々あり、50年、100年後の歌舞伎の将来を考えると、解体 は止むを得ない気もします。次代を担うスターが次々と台頭している今の歌舞伎に新時代を構築していくためにも、解体という「変える」決断が、歌舞伎の発展 につながっていくことを期待して止みません。