「tourism(ツーリズム)」という用語は、1760年に始まった産業革命による蒸気機関の発達によって鉄道や船などの交通手段が飛躍的に向上し、旅が「生活の必要」から、「非日常を楽しむ」ことへと変化する中で、娯楽の要素を含むものとして1811年発行のオックスフォード辞典で初めて表記されました。また、「観光」の語源は、国土交通省の見解によると、中国の四書五経の一つ「易経」の一文「観国之光」とされ、「国の光を観る」、つまり他国へ行き「良い点を観て学んでくる」と解釈されています。日本で初めて「観光」の言葉が使用されたのは1856年(安政3年)で、オランダから徳川幕府へ贈呈された日本初の蒸気船が「観光丸」と命名され、その後、観光の名称が広がっていきました。
ものづくりの現場である工場を観光資源とする「産業観光」は、欧米において100年以上前から行われており、フランス・ワイン醸造所、オランダ・チーズ工場、ギリシャ・レース編み工場などが代表格として挙げられます。中でもフランス・ワイン醸造所には、世界中のワイン愛好家が足繁く通い、生産者と顧客が交流を深めながら、品質を高めてきた歴史があります。1950年、フランスが国家戦略として、産業観光の受け入れ態勢の整備を強化させると、ワイナリー巡りはフランス観光の柱へと成長。オーベルジュ(宿泊付のレストラン)の運営を始めるワイン生産者も増え、産業観光のおもてなし体制は、世界的好事例として特筆すべきものがあります。15年前、私も実際にフランスのワイナリーやオーベルジュでワイン生産者と交流を持ちましたが、この経験によって産業観光に目覚め、燕三条でも活かしたいとの思いを強くした契機となりました。
日本において「産業観光」の名称が使用された時期は不明ですが、1964年(昭和39年)発行の「第1回・観光白書」には、「工場の紹介は、産業観光の名で知られている」と表記されていることから、少なくとも1964年以前より、産業観光の名称が使用されていたことになります。1966年(昭和41年)、運輸省が発行した「産業観光施設要覧」には、「工場を新しい観光対象とする」と表記され、工場見学を受け入れる全国328社が紹介されていますが、認知度は低いものでした。産業観光が行政や企業の取り組みとして本格的に動き出したのは1990年代からで、その情勢の高まりを受けて、「全国産業観光フォーラム」が2001年(平成13年)から毎年開催されています。公害のイメージから「観光不毛の地」と言われた川崎市は、2005年に「川崎産業観光推進協議会」を発足。一般向けの工場見学を積極的に行い、産業観光の必要性を全国に広めた事例の一つとして挙げられます。
2008年10月、観光庁が発足し、「産業観光」は国策として位置付けられたことから、全国の行政で具体的な取り組みが検討され、この頃から一般的に全国で産業観光の意識が芽生え始めました。そして、企業単独ではなく地域内の企業が面として集まり、工場見学を行う地域一体型の産業観光イベントが各地で開催されたのです。2011年の東京都台東区「台東モノマチ」を皮切りに、2012年には東京都大田区「おおたオープンファクトリー」、東京都墨田区「スミファ」、富山県高岡市「高岡クラフトツーリズモ」、翌2013年には東京都台東区「浅草エーラウンド」、新潟県三条市・燕市「燕三条工場の祭典」などが先駆けとなり、現在、全国約80地域でこのような産業観光型のイベントが開催されています。開催最多の都道府県は、大阪府の11地域、次いで東京都の10地域、神奈川県と兵庫県の6地域と続き、開催地域は年々増加傾向にあり、産業観光イベントは地場産業の潮流となっています。
約15年前、新潟県三条市の金属加工メーカーが「オープンファクトリー」という言葉を発案し、以降、自然発生的に広まっていき、「工場見学」に代わる言葉として定着しつつあります。そして今年10月、20〜30代の若手経営者が運営する「燕三条工場の祭典」実行委員会が主催した燕三条工場サミットにおいて、「産業観光」に代わる新しい用語として「メーカースケープ」を発表しました。ものづくりをする人々(メーカー)が創り出す、唯一無二の風景(スケープ)という意味です。産業観光の今後のあり方として、工場を見学するだけでなく、地域の食や宿泊などを組み合わせ、地場の様々な産業が「競争」から「共創」へと連携する、新たなまちづくりの構築が必要不可欠となりました。「ツーリズム」が意味するところの「非日常」、そして「観光」が意味する「観て学ぶ」体験が、工場にはあります。さらに「観る側」だけではなく「観られる側」にとっても、そこにある価値、ランドスケープを新たな目線で見つめ直す新鮮な体験が「産業観光」にはあり、それこそが地場産業の未来に繋がる芽となるはずです。「工場を開く」ことで拓ける地場産業の新時代。全国の全ての地場産業で産業観光を推進させ、共創社会によって地方創生を前進させていきたいものです。