[第124号] 広がるお茶の世界市場に伝統工芸が担うこと

 コーヒーの世界の年間消費量は約900万トンに対し、お茶の世界の年間消費量は約580万トンという統計があります。コーヒーの消費量はアメリカが世界一で、次にブラジル、ドイツ、日本、イタリア、フランスと続き、お茶の消費量はインドが世界一で、次に中国、ロシア、トルコ、日本、英国と続きます。コーヒーの消費量の約90%は欧米ですので地域の偏りがありますが、お茶は世界的にほぼ満遍なく消費されています。コーヒーの年間消費量は横ばいが続いているものの、お茶は最近10年間で約50%も増加しており、将来、コーヒーの年間消費量を抜く可能性があります。お茶の消費量増加の要因として、人口増や新興国の所得の伸びが影響しており、ASEAN(東南アジア諸国連合)、さらにはアフリカや中東においても、年間消費量は増加傾向にあります。

 このような世界的なお茶の需要の高まりから、政府は日本茶を輸出の重要品目に加え、日本茶の輸出額は、2004年の16億円から2012年には50億円に到達。2013年以降は毎年数十億円単位で輸出額が増え、昨年2017年は143億円と、ここ数年の伸び率は特筆すべきものがあります。輸出国の1位はアメリカ、次にドイツ、シンガポール、台湾、香港と続きますが、ここ数年、アジア圏の伸び率が急激に高くなっています。しかし、本来なら日本茶の輸出上位に入るはずの中国と韓国は、東日本大震災以降、日本から輸出する食品に対して非常に厳しい規制が設けられており、日本茶はあまり輸出されていない状況になっているのです。規制が緩和されれば、日本茶の輸出量は飛躍的な伸び率が期待できるだけに、今後その成り行きが注目されます。

 近年、鉄瓶や陶磁器をはじめとする日本の伝統工芸品が、中国のお茶の愛好家を中心に人気を博しています。日本のお茶文化はお客様をもてなすことですが、中国のお茶文化は自分自身で美味しいお茶を楽しむことにあり、さらに愛好家の多くは男性という特徴があります。男性は道具にこだわるのが性であり、経済成長と共に高価な茶器への需要が生まれ、日本の伝統工芸業界には新たな市場が生まれました。最近では、台湾、香港、韓国でも同じような傾向にあり、伝統工芸の市場は確実に拡大しています。近い将来は、ASEANのお茶愛好家にも一定の需要が広がると思われ、今後日本の伝統工芸業界が注視すべき地域と言えます。

 国別のお茶の年間消費量は、10億人以上の人口を有するインドと中国が世界1位と2位の座を不動のものとしていますが、一人あたりの消費量という視点でみると、順位は全く変わってきます。世界1位はアラブ首長国連合が群を抜いた消費量で、次にモロッコ、アイルランド、モーリタニア、トルコと続き、上位20位まで調べても、アフリカや中東を中心に名を連ねています。これは宗教上の理由でお酒が飲めず、その代飲としてお茶が親しまれているからで、最近では経済成長と共に、アラブを中心に高価な日本茶も徐々に浸透しつつあるようです。アフリカや中東の富裕層の間で、今後日本茶を日常的にたしなむ習慣が広まれば、日本の伝統工芸品の茶器が販路を得るのも時間の問題であると考えます。

 国によらずお茶がもたらす嗜好性に、人は癒しのひとときを得ます。生活に根付くお茶の時間を豊かに演出するのが伝統工芸というものづくりの役目の一つであるならば、世界のお茶事情を踏まえた上で、お茶の時間をより深く味わい深いものにする役割を、私たち作り手は担っていかなければなりません。日本の伝統工芸業界にとって世界のお茶市場への進出は、今後の業界発展のひとつの鍵となると同時に、新たなものづくりの視点を得るチャンスとなります。