[第121号]多角的構造改革がもたらしたオランダ農業の成功

 「オランダの農業に学べ」。狭い国土で優れた農業技術を活かし、競争力のある農業を展開するオランダが世界中から注目を集めています。国土面積は九州とほぼ同じくらいで、人口も約1700万人と小さな国ですが、アメリカに次いで世界第2位の農業輸出大国です。ここ15年間ほどの間で急激に輸出額を増やしており、農業で外貨を稼ぐ主要産業の座を確固たるものへと成長させました。TPPを契機に「強い農業」を目指す安倍首相は、2014年に自らオランダ農業視察を行い、その先進的農業のあり方に日本の農家は大きな刺激を受けました。以降、日本の行政や農業関係者が次々とオランダへ出向き、新潟市と新潟経済界の視察団体もオランダ農業視察を行いました。視察の報告は新潟でも大きく報道され、その驚きの内容は、将来の日本の農業のあり方だけでなく、日本国内様々な産業のあり方をも示唆するものでした。

 オランダは昔から農業の盛んな国でしたが、1980年代、当時の欧州諸共同体(EC)が進める貿易の自由化を契機に、スペインやギリシャなど南欧で生産された安価な農産物が大量に輸入されると事態は一変。国産の農産物は市場競争において勝負できなくなり、オランダ農業は衰退の一途を辿ります。従来の農業のあり方では壊滅してしまうという危機を感じたオランダは、農業の産業構造を国内向けから輸出型へと大転換させる戦略を打ち立てました。オランダ政府は農業を産業と明確に位置づけ、いわゆる農業保護を止め、競争力ある強い農家だけが生き残る、市場原理に則った支援体制を敷きました。これにより、小規模農家が統廃合され農家は大型化し、農業法人による農業経営が主流となりました。農家ではなく企業家としての意識が芽生え、経営力を発揮することで世界で稼げる農業を実現させたのです。

 オランダ農業は収益性改善に努めるべく、世界的な需要が高く収益性の高いトマト、パプリカ、キュウリの3品種に特化し、少品種大量生産型へシフトさせました。この選択と集中により、一定の作物への技術革新に資源を集中させることで、生産効率は飛躍的に向上しました。結果、トマトの単一面積当たりの収穫量は、日本の約8倍という絶大な成果を生み出しています。それらは大規模なハウス栽培を行っており、「スマートアグリ」と呼ばれる農業のIT化、機械化の導入によって、温度、湿度、二酸化炭素の濃度などをコンピュータ管理し、品質面においても高い評価を得ている他、作業の自動制御による省力化で人件費を抑え、大幅なコスト削減も成功させています。この一連の農業革新によってオランダの農業は驚くべき大躍進を遂げました。1970年代、オランダと日本の農作物の輸出額はほぼ同額でしたが、今や10倍以上引き離し、日本47位に対しオランダは第2位の座に就いており、世界の農業関係者は「オランダの奇跡」と称しています。

 オランダ農業の成長をさらに促しているのが「フードバレー」の存在です。世界トップクラスの農業研究機関であるワーヘニンゲン大学を中心に、食品関連企業約1400社、科学関連企業約70社、研究者約1万人が従事している世界最大の食関連の研究開発地域。この一帯はフードバレーと呼ばれ、ITで知られるシリコンバレーの農業版として世界の食や農業の研究をリードし、オランダは常に最新技術を生かした農業が実践されています。近年は日本でも北海道、新潟市、熊本県においてオランダを参考とし、ニューフードバレー構想に取り組む動きが始まりました。新潟市は市役所にニューフードバレー推進課を設置し、食の資源を活用した新事業の創出や農産物の利用促進を図り、さらには観光、工業、医療、教育などの業界とも協働し、世界の農業・食品産業の最先端都市として成長させることを目指しています。
 
 少子高齢化が進む日本では、農業従事者の減少と高齢化が加速しており、さらに、日本国内のマーケットの縮小が見込まれる一方、世界的な日本食ブームの広がりにより、今後、海外市場は飛躍的に伸びていく有望なマーケットです。特に米、果物、食肉などの品質は世界トップクラスの評価をされており、ますますの需要の高まりが予想できます。日本食レストランは海外で約12万店存在し、日本の食材を活かしたレストランも年々増加傾向にあります。2017年、日本から海外へ輸出した農林水産物と食品は前年より約7%多い約8000億円でしたが、政府が掲げる目標は来年2019年に1兆円の達成です。輸出先のトップは香港で、次にアメリカ、中国、台湾、韓国と続き、香港は日本からの輸出総額の約4分の1を占め、他を圧倒するダントツの輸出先となっています。無関税の香港を中心としたアジア圏は輸出先の最重要地域であり、これは地場産業製品や伝統工芸品も同様で、より積極的に狙うべき地域と言えるでしょう。

 オランダ農業の成功の源泉は、①市場原理に則った支援体制、②利益の出る作物への選択と集中、③技術開発重視の農業政策の3点に集約されます。日本とオランダの社会環境は異なるものの、高品質な農作物を生産することに関しては、日本の農業は世界をリードするポジションにおり、オランダ農業の効率性と日本農業の匠の技を融合させ、日本は新たな農業モデルを構築していくべきでしょう。安倍内閣は日本再興戦略において、農業を新たな「成長エンジン」と位置付け、国際競争力の強化を掲げています。TPPは日本農業再生の千載一遇のチャンスであり、新潟の先進的若手農家の方々も、輸出へ向けた事業拡大のチャンスと捉えています。経営感覚に富んだ日本独自の農業改革を実施し、農家のブランディングを着実に推進させ、オランダの奇跡ならぬ「日本の奇跡」を実現し、世界有数の農作物輸出国へ成長していくことが期待されます。