[第120号]インバウンドの心を掴んだ高山市に学ぶ、未来の産業観光

 岐阜駅から富山駅を結ぶJR高山本線は、電化されておらず、ディーゼルエンジンでゆっくりと走る単線の山岳路線。飛騨高地の山間を縫うように木曽川と飛騨川に沿って走り、絶景が続く風光明媚な路線です。しかし、高山駅に到着するとその光景は一変し、訪日外国人の乗降者で駅ホームは溢れんばかり。もはや海外の観光都市に到着したかのような錯覚に陥ります。日本の地方都市におけるインバウンドの先駆的なモデルケースとして必ず挙がるのが岐阜県高山市であり、以前から注目していましたが、想像以上の光景に思わず目を疑ってしまいました。それもそのはず、人口約9万人の高山市に年間約50万人という、人口の約5倍の訪日外国人が訪れているのです。東京から新幹線と特急を乗り継いで約4時間半、中部国際空港セントレアから特急を乗り継いで約3時間半と、高山市は決してアクセスが良いわけではありません。百聞は一見にしかずとはまさにこのことで、視察として訪れている方々も一様に驚かれていました。

 高山市におけるインバウンド対策は、1986年に飛騨地方1市19町村(当時)が国の「国際観光モデル地区」に指定され、同年「国際観光都市宣言」を行ったことが始まりです。以来、外国人が安心して観光できる街づくりを、他の地方都市よりも先駆けて取り組んでいきましたが、2011年に高山市役所に海外戦略部が設置され、より本格的なインバウンド増加を目指す対策が講じられると、そこから快進撃が始まります。インバウンドが急激に増え始めた時流に上手く乗り、海外戦略部を設置した当時は年間約10万人だった訪日外国人が、6年後の2017年には50万人を超え、高山市民も驚く想像以上の活況ぶりに。かつては木工産業で栄えた高山市は、今や観光が主力産業となり、木工産業の産業観光も盛況です。すでに30年前から訪日外国人の来訪を前提とした街づくりを行ってきたため、彼らが感じる「日本らしさ」を意識して、街並みを保存、改修してきたことも大きな影響力を発揮しており、旅行専門家は高山市を「外国人を意識して街を整えた先駆的なケース」と賞賛しています。

 高山市内を散策すると、インバウンド対応の素晴らしさに目を見張ります。多言語対応は地方都市随一と言われ、高山市街地の観光マップや観光サイトなどは11言語対応という充実ぶり。官民が協力して免税一括カウンターを商店街に設置したほか、免税店マップも作成しており、訪日外国人に好評です。日本政府観光局(JNTO)が外国人旅行者を対象とし、「旅行中最も困ったこと」についてのアンケートによると、「無料公衆無線LAN環境が整っていない」という意見が最多の46%を占めており、以前からその整備の遅れが指摘されています。その点においても高山市はいち早く改善を進め、「外国人が一人歩きできる街づくり」をコンセプトに、7日間無料でWi-Fiに接続できるサービスを行っています。これは高山観光に便利なだけでなく、万一の災害などに備えた緊急情報も提供することができるため、快適でかつ安全に滞在できることができます。これによって、観光客がSNSで高山の魅力を発信する機会が格段に増え、結果、新規の訪日外国人の取り込みにも大きな役割を果たしているのです。

 高山市が世界から注目を集めた契機になったのは、「ミシュラン三ツ星街道」の存在が挙げられます。金沢市、高山市、白川村、南砺市、松本市が広域で連携し、兼六園、合掌造り集落、松本城などの世界遺産や国宝を巡る観光ルートがミシュランガイドに掲載され、世界的に話題となっているのです。日本ではあまり馴染みのない名称ですが、このルートを「サムライルート」、アジア圏では「昇龍道」と呼ばれており、訪日外国人向けの大人気の旅行コースとなっています。多くの訪日外国人は、高山観光だけを目指しているわけではありません。高山市は周辺地域も含めた広域で観光を考え、近県の観光地と連携を取りながらプロモーションを行っており、近郊の観光地の魅力が合算されているのです。近隣自治体との連携を積極的に行い、石川県金沢市や長野県松本市とは、1989年から共同で外国人向けの観光ルートを開発してきた経緯があり、その地道な努力がここ数年で一気に開花したと言えるでしょう。

 東京、富士山(静岡・中京圏)、京都(関西圏)を観光する「ゴールデンルート」は訪日外国人の定番コースですが、ここ数年は「サムライルート」へと移行しつつあり、その大ヒットを受けて福島復興に繋げようと、東京、茨城、栃木、福島の「ダイヤモンドコース」が新設されました。今後その動きは全国に広がり、広域連携の観光コースはインバウンドの新たな潮流になると思われます。ゴールデンルートではいわゆる爆買いが起こり、「モノ消費」が生まれましたが、現在は、サムライルートに見られるような、都会の喧騒を離れて日本の原風景を巡り、体験的価値にお金を払う「コト消費」へと移行しつつあります。このコト消費はインバウンド対策の最も重要なポイントとなり、10年後のインバウンドはこのコト消費を究極化させた「匠ルート」の時代が到来し、地場産業オープンファクトリー巡り、酒蔵・ワイナリー巡り、農家巡りなどを広域で連携させ、生産者を直接訪問する「産業観光」がトレンドになっていくものと考えています。東京を始めとする大都市でモノを購入するのではなく、生産者から直接モノを購入する時代が到来し、地方創生の新たな局面を迎えることでしょう。

 東京五輪が開催される2020年には年間4000万人、その10年後の2030年には年間6000万人の訪日外国人誘致を目指す日本政府。人数目標はもちろんのこと、日本社会が抱える人口減少問題を補う経済効果として大きく期待されているのが訪日外国人による旅行消費です。また、日本政府は現在約4兆円の訪日外国人の日本国内消費額を、2020年の東京五輪開催年は一気に倍増の8兆円、2030年にはさらに約倍となる15兆円を数値目標としています。これをクリアするためには、日本の原風景を巡るルートだけではなく、匠ルートという新たなルートも確立させ、「産業観光」を推進させていくことは不可欠な要素となります。2020年東京五輪以降、消費傾向は大都市から地方都市への移行がかなり勢いで加速し、2030年には産業観光が日本経済の柱の一つとして成長していくことが予想されます。その大きなムーブメントを起こしていくためにも、高山市のインバウンド成功は大きな参考事例となります。10年後の産業観光のビジョンを描きながら、私たち燕三条内の連携、そして他の地場産業との連携もより一層強固としていきたいと、高山市を訪問して心を新たにしました。