[第106号]新たな小売業モデルを体現するGINZA SIX

4月20日に開業した銀座最大の商業施設「GINZA SIX 」は、旧銀座松坂屋の跡地に、銀座では史上初の道路を潰した2区画を使用した規格外の巨大施設です。建物は地下6階、地上13階で、主に商業施設と賃貸オフィスとなっており、施設内に勤務する人員だけで約3,000名とのこと。商業施設には世界241ブランドがテナントに入り、そのうち122ブランドが旗艦店であることも業界では異例の多さで、通常の商業施設であれば、旗艦店は全体の5%程度あれば多い分類に入りますが、全体の半数を超えるという点でも規格外です。ただGINZA SIXは、そのスケールや人気ブランドの集積だけで関心を集めているわけではありません。小売業態の変遷という観点で見ると、極めて重要なターニングポイントになります。高度経済成長やその後のバブル崩壊を経て、少子高齢化、中間層の衰退、デジタル社会に突入したモノが売れない時代に、どのように突破口を開いていくのか。百貨店業界が銀座の一等地で、脱百貨店を打ち出すという新たな小売業モデルの構築に於いても、世界から注目を集めています。

銀座界隈では長きに渡り、銀座三越・銀座松屋・銀座松坂屋をはじめ、数寄屋橋阪急・有楽町そごう・有楽町阪急・有楽町西武・プランタン銀座など、数多くの百貨店が凌ぎを削ってきました。しかし、銀座三越と銀座松屋は双璧で、その牙城を崩すことはできず、その他の百貨店は全て専門店ビルやファッションビルへと姿を変えていきました。銀座初の百貨店である古参の銀座松坂屋は、ラオックスや無印良品などの大型テナントを店内に出店させたものの、それも限界に達して2013年に完全撤退。Jフロントリテイリング(大丸と松坂屋の共同持株会社)は、森ビル・住友商事・ L Real Estate(LVMH=モエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループ出資の不動産ファンド)の3社に声をかけ、4社一体で百貨店事業ではなく、しかも松坂屋の称号は使用せず、日本初の本格的なラグジュアリーモールの開業を決断しました。他の銀座の百貨店跡に誕生した商業施設とは大きく異なり、旧銀座松坂屋よりも更なる高級化を目指した事業は、まさに銀座初の百貨店である銀座松坂屋の遺伝子を受け継ぐ施設と言っていいでしょう。

Jフロントリテイリング・山本社長は「過去の延長線上の成功体験に基づいたことではなく、呉服屋から百貨店へと事業を変換させたことと同等レベルの大きな変革をしていかないといけない」と語り、GINZA SIXは、これまでの百貨店商売のあり方を根本から見直し、新たな百貨店モデルの構築を目指しています。現在の百貨店は、商品が売れた時点で仕入れ計上する「消化仕入れ」という取引形態を主流としており、百貨店側はリスクを持たずに商売が出来る仕組みを構築し、成長してきた業界です。消化仕入れは、百貨店側は在庫リスクを気にせず、多種多様な商品を揃えられる一方、一商品あたりの利幅が薄いという欠点があります。百貨店に集客のある時代は、薄利多売で十分な利益が確保されましたが、百貨店の販売力が落ちると、利幅が薄い分、百貨店の収益力は悪化し、毎年閉店する百貨店が続出。百貨店の閉鎖は、今後も全国的に続いていくものと思われます。

一方で、「ルミネ」や「アトレ」などの駅ビル系の小売業は、百貨店の衰退を背に順調に成長を続けています。百貨店の消化仕入れに対し、各ブランドと定期賃貸借契約し、固定で家賃収入を得ながら、売上歩合でさらにプラスアルファの家賃収入を得ていく方式を採用しており、「不動産事業モデル」と呼ばれています。ディベロッパーとしての独自性は出しづらいですが、ブランドをしっかりと揃えた時点で商売としての採算が見込めます。1990年頃のピーク時には約10兆円あった国内百貨店の売上は、四半世紀が経過した現在、約6兆円にまで縮小し、事業の抜本的な見直しが求められている百貨店業界。のれんに価値を置いてきた百貨店が、小売業のひのき舞台である銀座で松坂屋の看板を下げる決断を下したことはまさに時代の流れで、従来の百貨店のビジネスモデルでは消費市場の変化についていけないことを如実に物語っています。GINZA SIXは、不動産事業モデルを基に国内外の高級ブランドを編成し、新たな小売モデルの確立を目指していきます。

GINZA SIXの運営に当たって森ビルとの協業は、脱百貨店的な特徴を植え付けることに大きな役割を果たしました。建物内の巨大な吹き抜け天井からは非常に強いインパクトを放つ草間彌生の巨大アートが吊り下げられ、地下3階には日本の伝統文化を発信する施設として「観世能楽堂」が設置されるなど、アートを中心とした情報・文化発信機能が都市の魅力につながることを理解し、実践してきた森ビルならではの企画・演出が見られます。また、非常用発電設備や帰宅困難者約3,000名の受け入れに備えた防災備蓄倉庫の整備などにも、六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズで磨いた森ビルの防災ノウハウが活かされています。また、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイヴィトングループ)が出資するL Real Estateとの協業は、ブランド誘致に大きな影響力を発揮しました。銀座に路面店のないLVMHの「フェンディ」「セリーヌ」は、1階の路面店へのブランド誘致の段階から当確と言われ、また、銀座で既に路面店を持つLVMH「ディオール」も1階への誘致に成功しました。さらに「ロエベ」「ケンゾー」「クリスチャン・ディオール」など、その他7つのLVMHのブランドも入居しており、GINZA SIXはLVMHの存在が際立っています。

Jフロントリテイリングは、先月4月10日に発表した中期経営計画で、GINZA SIXと同様の不動産事業を強化させ、新たな商業施設の開発や賃貸借面積を拡大する方針を打ち出しました。また、既存の百貨店事業の構造改革も進め、ファッション売り場を中長期的に現在から30%削減することも明言し、これらの取り組みで「脱百貨店」を加速させていきます。我々出店者を集めた開業セレモニーの中で、山本社長はスピーチに於いて次のように述べました。「商業施設はオープンをしたその瞬間から陳腐化が始まるという宿命を背負っている。価値観やライフスタイルが刻一刻と変化する中、ベストな答えをこのGINZA SIXで体現し続ける」と。この言葉に不動産事業をこれからの事業の柱に成長させていく気概を感じました。百貨店というビジネスモデルの終焉が叫ばれる中、将来の百貨店業態のあり方を考えた結果行き着いたという「百貨店をやらない」という選択。百貨店の苦戦は世界的な傾向でもあり、GINZA SIXは、国内外の百貨店業界の今後の展開を占う上でも大きな試金石となります。